平城京の導き ~古都の物語~

それからさらにしばらくして、いよいよ本格的な冬を迎え、気温もかなり冷え込んでいた。
 それでも首皇子は、変わらず安宿媛のもとに通っていた。とはいえ、歩いて数分の距離である。雪さえ凌げば、どうにかなっていた。
 その冬の間に、二人は何度となく囲碁盤を挟むようになっていた。
「わぁ、首皇子にやっと勝てたわ!」
 この日も安宿媛の自宅で、二人は囲碁を打っていた。どうやら彼女は、初めて首皇子に勝てたらしく、大喜びしている。
「べ、別に今日はちょっと油断しただけだから」
 この日も相当寒く、二人とも布にくるまって、かじかむ手を伸ばしながら、碁石を動かしていた。そこに安宿媛の上達と、首皇子の油断が相まって、彼女が勝てたようだ。
「とにかく勝ちは勝ちよ。確か、私が勝ったら何でも言うことを聞いてくれるんでしょ?」
 安宿媛は勝てたことが相当嬉しいらしく、満面の笑みを向けて、彼にそう言った。
 首皇子が安宿媛のもとを訪れるようになってから、二人はすっかり子供の頃のような間柄に戻っていた。
「あぁ、分かってるよ。それで、何を俺にしてほしいの?」
「それもそうね。実のところ、皇子へのお願いをどうするか、まだ考えてなかったの」
 安宿媛はそう言うなり、その場で「どうしようかしら~」と、あれこれ考え始めた。
 しばらくしたのち、彼女はふと何かをひらめいたらしく、急にくるっと向きを変え、首皇子に向かって話しかけた。
「それなら、今はすぐってわけではないけど、今度二人で……」
 安宿媛がそう言おうとした瞬間、彼女の視界が急にぐらつき始めた。
 首皇子も彼女の異変に気づき、すぐさま身にまとっていた布を払い、彼女のもとへ駆け寄った。するとほぼ同時に、安宿媛はそのまま彼に倒れ込んできた。
「あ、安宿媛!」
 首皇子は慌てて彼女を受け止める。だがその腕の中で、彼女はひどく息を切らし、苦しそうな様子を見せていた。
「安宿媛、一体どうしたんだ!」
 声を掛けるものの、彼女の意識はもうろうとしており、手足も、冬とはいえ、かなり冷たくなっていた。
「こ、これはまずい……早くこの家の者を呼んでこよう」
 首皇子は彼女を横になりやすい場所へ抱えて連れて行き、そっと横に寝かせると、すぐさまこの家の使用人たちを呼びに走った。
 首皇子の話を聞いた使用人たちも慌てて駆けつける。また、不比等(ふひと)と三千代(みちよ)にも知らせ、その後は急いで、薬師らを呼んで彼女の容態を診てもらうことにした。
 だが彼女の容体は、二日間が経過しても回復の兆しを見せず、原因もまったく不明だった。
「一体どういうことだ。倒れるまでは何ともなく、その日の食事にも問題はなかったはずだ」
「お祖父さま、本当にすみません。俺がそばにいながら……」
 首皇子は安宿媛のことが気が気でなく、この二日間はずっと彼女の家に居着いていた。
「皇子のせいではありませんよ。本当に、この子はどうしてしまったのかしら?」
 三千代も、娘の様子を見守りながら、とても心配そうにしていた。
「この子以外の者たちは、何ともないわけだから、疫病でもなさそうだ」
 父の不比等も、彼女の病の原因がまったく分からず、どうしたものかと頭を抱えていた。