「「まず、そこに先の広がった平たい板のようなものがありますよね?これは撥といって、これを使って音を鳴らすんです」
「まぁ、そうなのですね」
彼は楽琵琶を少し横向きに、水平に構えた。楽器には四本の弦が張られており、撥を持たない方の手で、弦の位置を確かめるように、順に指を添えていく。
「これは弦と呼ばれるもので、撥で弾くと音が出るんですよ」
そう言うと、彼は楽琵琶を手に取り、安宿媛に弾いてみせた。上の弦は低い音で、下の弦にいくほど高くなる順になっている。
さらに彼はいくつかの音色を弾き分け、安宿媛に聞かせてくれる。
琵琶の音は思ったよりも力強く、低い音から、弦を移るにつれて少しずつ澄んでいった。金属のような鋭さはなく、部屋の中に静かに残るような響きだった。
安宿媛は思わず目を閉じ、耳を澄ませてその音色に聞き入った。
(本当に、なんて素敵な音なのでしょう)
「実は子供の頃、父からこの楽器のことを聞いたことがあって。そのとき、一緒にいた首皇子と二人で、いつか本物を見てみたいねと話していました」
「そう言えば、首皇子は不比等様の孫にもあたる方でしたね」
「ええ、私にとっては一応、甥にあたるのですけれど」
「あはは、確かにお二人はそうなりますね」
彼はそう言うと、撥を弦に再び添え、楽琵琶をゆっくり元の位置に戻した。その動きから、楽器を大切に扱う彼の真面目さが伝わってくる。
「それで、皇子は『いつか大人になったら、僕が安宿媛のために本物の楽琵琶を手に入れてあげるよ』と話していたのです」
幼い頃の思い出が胸に蘇り、懐かしさと喜びが入り混じった。目の前の楽琵琶の姿と重なり、思わず心がそっと弾んだ。
「お二人は、本当に仲が良かったのですね」
安宿媛はその言葉に、思わずはにかんだ表情を見せた。たとえ今は二人の間に距離があっても、昔の思い出は色褪せることはない。
その後、真備は他の品々もいくつか安宿媛に見せてくれた。どの品も彼女を心躍らせたが、それでもやはり、先ほどの楽琵琶が一番、彼女の心を引きつけていた。
安宿媛はしばらく見て回った後、ふと他の珍しい品々にも同じような価値があると感じ、真備に話しかけた。
「でも、せっかく唐からいろいろな物が入ってきたり、国内で作られた物もたくさんあるのに、皆、保管されている場所が違うのですね」
「そうですね。人々が個人で所持していたり、各寺院や院に保管されていたりと、どれもこの国の重要な品ばかりです」
安宿媛は部屋を見渡しながら思った。ここにある品々も含め、さまざまな国や地域からもたらされた品や、国内で作られた工芸品が、この国に存在しているのだ。しかし、その多くは所有者や保管場所が異なり、一堂に会することは滅多にないのだろう。
「もちろん、全部が一箇所で管理できるわけではないけれど、もっと大きな倉のようなものを作って、そこできちんと保管したらどうかしら?」
「つまり、正倉にということですか?」
正倉とは、正税や宝物を納める倉のことで、官庁や寺院、また一部の院に置かれていた。
「えぇ、そうよ、ねぇ、そうなれば絶対に良いと思うの!」
「そして、それを紙や木簡などにきちんと記録し、誰が何を持っているのかを管理すれば、より良いかもしれませんね」
「もちろん、今すぐには無理だとしても、将来的にはそうなれば素敵ね」
安宿媛は少し興奮気味に答え、胸が小さく高鳴るのを感じた。まさかこんな考えが浮かんでくるとは、自分でも意外に思える。
正倉の建造はそう簡単にはいかないだろうが、いつかこの夢が現実になる日を想像すると、心の奥がじんわりと温かくなる。
安宿媛はそっと目を細め、そんな思いを馳せる。彼女の脳裏には、さまざまな国や地域から伝わった知識や技術、そして人々の工夫が、一箇所に集まった光景が目に浮かんだ。
小さな胸に秘めた希望が、確かに膨らんでいくのを、彼女はそっと感じていた。
「まぁ、そうなのですね」
彼は楽琵琶を少し横向きに、水平に構えた。楽器には四本の弦が張られており、撥を持たない方の手で、弦の位置を確かめるように、順に指を添えていく。
「これは弦と呼ばれるもので、撥で弾くと音が出るんですよ」
そう言うと、彼は楽琵琶を手に取り、安宿媛に弾いてみせた。上の弦は低い音で、下の弦にいくほど高くなる順になっている。
さらに彼はいくつかの音色を弾き分け、安宿媛に聞かせてくれる。
琵琶の音は思ったよりも力強く、低い音から、弦を移るにつれて少しずつ澄んでいった。金属のような鋭さはなく、部屋の中に静かに残るような響きだった。
安宿媛は思わず目を閉じ、耳を澄ませてその音色に聞き入った。
(本当に、なんて素敵な音なのでしょう)
「実は子供の頃、父からこの楽器のことを聞いたことがあって。そのとき、一緒にいた首皇子と二人で、いつか本物を見てみたいねと話していました」
「そう言えば、首皇子は不比等様の孫にもあたる方でしたね」
「ええ、私にとっては一応、甥にあたるのですけれど」
「あはは、確かにお二人はそうなりますね」
彼はそう言うと、撥を弦に再び添え、楽琵琶をゆっくり元の位置に戻した。その動きから、楽器を大切に扱う彼の真面目さが伝わってくる。
「それで、皇子は『いつか大人になったら、僕が安宿媛のために本物の楽琵琶を手に入れてあげるよ』と話していたのです」
幼い頃の思い出が胸に蘇り、懐かしさと喜びが入り混じった。目の前の楽琵琶の姿と重なり、思わず心がそっと弾んだ。
「お二人は、本当に仲が良かったのですね」
安宿媛はその言葉に、思わずはにかんだ表情を見せた。たとえ今は二人の間に距離があっても、昔の思い出は色褪せることはない。
その後、真備は他の品々もいくつか安宿媛に見せてくれた。どの品も彼女を心躍らせたが、それでもやはり、先ほどの楽琵琶が一番、彼女の心を引きつけていた。
安宿媛はしばらく見て回った後、ふと他の珍しい品々にも同じような価値があると感じ、真備に話しかけた。
「でも、せっかく唐からいろいろな物が入ってきたり、国内で作られた物もたくさんあるのに、皆、保管されている場所が違うのですね」
「そうですね。人々が個人で所持していたり、各寺院や院に保管されていたりと、どれもこの国の重要な品ばかりです」
安宿媛は部屋を見渡しながら思った。ここにある品々も含め、さまざまな国や地域からもたらされた品や、国内で作られた工芸品が、この国に存在しているのだ。しかし、その多くは所有者や保管場所が異なり、一堂に会することは滅多にないのだろう。
「もちろん、全部が一箇所で管理できるわけではないけれど、もっと大きな倉のようなものを作って、そこできちんと保管したらどうかしら?」
「つまり、正倉にということですか?」
正倉とは、正税や宝物を納める倉のことで、官庁や寺院、また一部の院に置かれていた。
「えぇ、そうよ、ねぇ、そうなれば絶対に良いと思うの!」
「そして、それを紙や木簡などにきちんと記録し、誰が何を持っているのかを管理すれば、より良いかもしれませんね」
「もちろん、今すぐには無理だとしても、将来的にはそうなれば素敵ね」
安宿媛は少し興奮気味に答え、胸が小さく高鳴るのを感じた。まさかこんな考えが浮かんでくるとは、自分でも意外に思える。
正倉の建造はそう簡単にはいかないだろうが、いつかこの夢が現実になる日を想像すると、心の奥がじんわりと温かくなる。
安宿媛はそっと目を細め、そんな思いを馳せる。彼女の脳裏には、さまざまな国や地域から伝わった知識や技術、そして人々の工夫が、一箇所に集まった光景が目に浮かんだ。
小さな胸に秘めた希望が、確かに膨らんでいくのを、彼女はそっと感じていた。



