「真備殿は、そんな夢を抱いておられるのですね」
「えぇ、その為に今はここで学びに励んでいるのです」
「私も、叶うものなら一度は参ってみたいです。唐には、いろいろな国の品々が集まってくると聞きますし」
「そうですね。あなたが以前お召しになっていた衣にも、宝相華文が織り込まれていましたね。あれも唐から渡ってきたものでしょう?」
「はい、私、あの文様がとても好きなのです」
唐はこの国に比べて、政治も文化も、さまざまに進んでいると聞く。そのさらに西の国々からも、多くの品や技が伝わって来ていた。それは絹の道、すなわちシルクロードと呼ばれ、人々はラクダという獣に乗り、遥か西方よりこの地を目指してやってくるのだ。
(唐や、その西の国とは、いったいどのような場所なのかしら)
安宿媛は、その光景を思い描くだけで、思わず心が弾むのを覚えた。いつか、そんな場所へ気兼ねなく赴ける時代が来ればよいのに、とふと思った。
「それほどご興味がおありなら、一つ、あなたに良いものをお見せしましょう」
「え、良いもの?」
「はい、どうぞ私について来てください」
安宿媛は、一体何のことか分からず、わずかに小首をかしげた。けれど、ここは一旦、素直に彼のあとへ付いて行くことにする。
そして二人が向かったのは、大学寮内にひっそりと建つ一角の建物だった。
見た目は資料置き場の小屋のようにも見えるが、簡素ながらもどこか、厳かな雰囲気を漂わせている。
「真備殿、ここは一体?」
「ここは図書寮です。儒教や仏教の経典、仏像などもここで管理しているのですよ」
真備がそう言うと、安宿媛は木の扉を押し開けた。
安宿媛は思わず息を潜め、ゆっくりとその光景を見渡す。
棚には巻物が整然と並び、壁の隅には仏像がいくつか置かれ、経典と共に守られている。そこには、学問と信仰がともに在るように思えた。
また建物の中には、ほかにも数人の学生の姿があり、皆、書物に目を落としていた。
(ここには、定期的に来られないものかしら)
安宿媛の頭の中では、すでに次の作戦がめぐり始めていた。
「実は今日、あなたをここに連れてきたのは、単にこの部屋を見せるためではありません」
「え、違うんですか?」
「はい、この奥にまだ部屋があり、そちらが目的なのですよ」
安宿媛は、周囲に並ぶ経典や書物に目をやりたい気持ちをぐっと押さえ、真備の後に付いていった。
その奥の部屋は、これまで見てきた場所よりも狭く、少し薄暗く感じられた。それでも、なんとか中を見て回れそうである。
室内には工芸品や珍しい置物、さらには外国からもたらされた品々が並べられていた。
安宿媛は、その部屋にあるすべてのものに魅了されていく。
「本当にすごいわ。まるで日本にいないみたい」
「ここには国内の珍しい品もありますし、先ほど話した唐から入ってきたものもいくつかあります」
「本当に素晴らしいわ」
その時、安宿媛はあるものに目が止まった。それは部屋の一番奥に、ひっそりと置かれている。
「真備殿、これは何でしょう?」
「あぁ、それは楽琵琶(らくびわ)といって、唐から伝わった楽器です」
「え、楽琵琶?これがあの......確か、もともとは唐よりさらに西の国から伝わった楽器ですよね?」
「はい。以前、唐から持ち込まれたものを、武智麻呂様が特別にここに置いてくださったそうです」
「まぁ、そうだったのですか!」
安宿媛はひどく釘付けになるようにして、楽琵琶をじっと見つめた。
彼女の視線は、艶やかな木目に吸い寄せられる。細長い胴はなめらかに削られ、薄暗い部屋の中でも、漆の表面がほのかに光っていた。弦は薄黄色に色づき、駒や装飾には、手をかけて作られた跡が見て取れる。ただの楽器ではないことが、触れずとも伝わってくる。
(でも、一体どうやったら音が出るのかしら)
そんな安宿媛の様子を見た真備は、そっと彼女の隣にやってきて説明を始めた。
「えぇ、その為に今はここで学びに励んでいるのです」
「私も、叶うものなら一度は参ってみたいです。唐には、いろいろな国の品々が集まってくると聞きますし」
「そうですね。あなたが以前お召しになっていた衣にも、宝相華文が織り込まれていましたね。あれも唐から渡ってきたものでしょう?」
「はい、私、あの文様がとても好きなのです」
唐はこの国に比べて、政治も文化も、さまざまに進んでいると聞く。そのさらに西の国々からも、多くの品や技が伝わって来ていた。それは絹の道、すなわちシルクロードと呼ばれ、人々はラクダという獣に乗り、遥か西方よりこの地を目指してやってくるのだ。
(唐や、その西の国とは、いったいどのような場所なのかしら)
安宿媛は、その光景を思い描くだけで、思わず心が弾むのを覚えた。いつか、そんな場所へ気兼ねなく赴ける時代が来ればよいのに、とふと思った。
「それほどご興味がおありなら、一つ、あなたに良いものをお見せしましょう」
「え、良いもの?」
「はい、どうぞ私について来てください」
安宿媛は、一体何のことか分からず、わずかに小首をかしげた。けれど、ここは一旦、素直に彼のあとへ付いて行くことにする。
そして二人が向かったのは、大学寮内にひっそりと建つ一角の建物だった。
見た目は資料置き場の小屋のようにも見えるが、簡素ながらもどこか、厳かな雰囲気を漂わせている。
「真備殿、ここは一体?」
「ここは図書寮です。儒教や仏教の経典、仏像などもここで管理しているのですよ」
真備がそう言うと、安宿媛は木の扉を押し開けた。
安宿媛は思わず息を潜め、ゆっくりとその光景を見渡す。
棚には巻物が整然と並び、壁の隅には仏像がいくつか置かれ、経典と共に守られている。そこには、学問と信仰がともに在るように思えた。
また建物の中には、ほかにも数人の学生の姿があり、皆、書物に目を落としていた。
(ここには、定期的に来られないものかしら)
安宿媛の頭の中では、すでに次の作戦がめぐり始めていた。
「実は今日、あなたをここに連れてきたのは、単にこの部屋を見せるためではありません」
「え、違うんですか?」
「はい、この奥にまだ部屋があり、そちらが目的なのですよ」
安宿媛は、周囲に並ぶ経典や書物に目をやりたい気持ちをぐっと押さえ、真備の後に付いていった。
その奥の部屋は、これまで見てきた場所よりも狭く、少し薄暗く感じられた。それでも、なんとか中を見て回れそうである。
室内には工芸品や珍しい置物、さらには外国からもたらされた品々が並べられていた。
安宿媛は、その部屋にあるすべてのものに魅了されていく。
「本当にすごいわ。まるで日本にいないみたい」
「ここには国内の珍しい品もありますし、先ほど話した唐から入ってきたものもいくつかあります」
「本当に素晴らしいわ」
その時、安宿媛はあるものに目が止まった。それは部屋の一番奥に、ひっそりと置かれている。
「真備殿、これは何でしょう?」
「あぁ、それは楽琵琶(らくびわ)といって、唐から伝わった楽器です」
「え、楽琵琶?これがあの......確か、もともとは唐よりさらに西の国から伝わった楽器ですよね?」
「はい。以前、唐から持ち込まれたものを、武智麻呂様が特別にここに置いてくださったそうです」
「まぁ、そうだったのですか!」
安宿媛はひどく釘付けになるようにして、楽琵琶をじっと見つめた。
彼女の視線は、艶やかな木目に吸い寄せられる。細長い胴はなめらかに削られ、薄暗い部屋の中でも、漆の表面がほのかに光っていた。弦は薄黄色に色づき、駒や装飾には、手をかけて作られた跡が見て取れる。ただの楽器ではないことが、触れずとも伝わってくる。
(でも、一体どうやったら音が出るのかしら)
そんな安宿媛の様子を見た真備は、そっと彼女の隣にやってきて説明を始めた。



