そのとき——
ガチャ、と扉の開く音がした。
「ただいまー」
軽い声。
一瞬で、空気が変わる。
「……遅くね」
楓が顔も上げずに言う。
「ちょっとな。面倒なのに絡まれてさ」
靴音が近づく。
視線を向けると、ドアのところに立っていたのは——
明るい茶髪に、どこか軽そうな雰囲気の男。
けれど、その目だけはしっかりと周りを見ている。
(……この人が)
「……あ?」
その人——帝華副総長、桜井海斗の視線が、私で止まる。
「誰?」
ストレートな一言。
空気が、また少し張る。
「新入り候補」
綾藤が短く答えた。
「へぇ」
海斗は少しだけ目を細めて、それからすぐに表情を崩した。
「女の子じゃん。珍し」
そう言いながら、私の方へ歩いてくる。
距離が、近い。
『……水瀬あざみです。よろしくお願いします』
軽く頭を下げる。
さっきよりも、少しだけ自然に。
「おー、礼儀正し」
くすっと笑って、海斗はソファにどさっと座った。
「俺、桜井海斗。よろしくな」
『はい、よろしくお願いします』
顔を上げると、海斗はじっとこちらを見ていた。
でも、その視線は——
さっきまでの人たちとは少し違う。
探るようで、でも柔らかい。
「……ふーん」
小さく呟いてから、視線を逸らす。
「で、玲雅」
綾藤に向き直る。
「どこまで話してんの?」
「何も」
「マジかよ」
呆れたように笑う。
「とりあえずさ、ビビって帰るタイプじゃなさそうだな」
ちらっとこちらを見る。
『……はい』
短く答えると、海斗は「いいね」と軽く頷いた。
「そういうやつの方が楽」
その一言で、少しだけ空気が緩む。
さっきまでの張り詰めた感じが、ほんの少しだけほどける。
楓がくすっと笑って、
「確かに。さっきからずっと居座ってるし」
「な」
海斗も笑う。
そのやり取りに、思わず少しだけ肩の力が抜けた。
(……なんだろう)
怖い場所のはずなのに。
少しだけ、居心地がいいと思ってしまった自分に気づく。
——そのとき。
「……で?」
海斗がもう一度こちらを見る。
「水瀬ちゃん」
名前を呼ばれる。
『……はい』
「なんでここ来たの?」
また、同じ質問。
でも——
さっきとは違う。
試すような圧じゃなくて、純粋な興味。
『……』
ほんの少しだけ迷ってから、口を開く。
『……知りたいから、です』
同じ答え。
でも今度は、目を逸らさずに言えた。
海斗は一瞬だけ黙って、それから——
「そっか」
あっさりと笑った。
「じゃあ、ゆっくり知ればいいよ」
その言葉は、驚くほど軽くて。
そして——
少しだけ、優しかった。


