連れて行かれたのは、有名劇団の稽古場。
私はそこで、男役指導の先生に、男声の出し方や仕草を徹底的に叩き込まれた。

訓練が終わったのは翌朝5時。
徹夜である。

なんなのかな、この虐待。

「死んでるねー」

「おかげさまで」

優羽の車に乗り込むなり、全身の力が抜けた。
思考も感覚もぼやけていて、まともに動く気力すらない。

なんで一夜漬け?明日じゃダメでした?

涼介さんのサロンで仮眠を取れたとはいえ、疲労は微塵も抜けていない。
ぼんやりとルームミラーを見やると、後部座席には大きなキャリーケースが。

「……なんですか?あれ」

「男装用の服や小物、替えのウィッグや化粧水なんかの日用品もろもろ。涼介からの提供品だから、どれも上質だよ」

……あっそ。

顔をしかめる私をよそに、優羽は静かにハンドルを切る。
口元には微かな笑み。なんだかイラッとする。

まぁ、いい。とにかく早く帰って、シャワー浴びて、少しでも眠れれば……
そんな期待を抱きつつ、車窓の外に視線を投げる。

夜明け前の街は静かで、ビルのネオンが霞むように消えかけている。
どこか夢の中の景色のような、穏やかな静けさ。

──けれど、進めば進むほど、違和感に気づく。

見覚えのない景色。
住宅街に入る気配はなくて、それどころかどんどん都会に出ているような。

「……家の方向、間違えてません?」

「うん、知ってる」

知ってる、じゃない。じゃあ一体どこへ──

疑問が口をつくよりも先に、車がゆるりと減速し、静かに停まった。
目の前には、大きなビル。

『EMERGENCE PRODUCTION』

その看板には、日本の芸能界を牽引する大手芸能事務所の名前。

「……は?」

理解が追いつかず、私は呆けた声を出した。