ハッとして顔を上げると、明らかに動揺した遥風がいた。

感情を押し隠すように歪んだ表情、微かに赤い頬。

遥風の表情がここまで崩れたのは初めてで、こっちまでドキッとしてしまった。

「……計画の一環だろうが、演技だろうが──普通にくらうんだよ、こっちは」

そして、次の瞬間。

不意に腕を引かれ、再び壁際に押し込まれた。
ぐいっと距離を詰めてくる遥風に、思わず息を呑む。

「ちょ、待っ……」

首筋に熱が落ち──そのまま、跡を残すように強く吸う。

「っ?!」

遥風は唇を離すと、軽く私の首元をなぞった。
その刺激に、ビクッと体が震える。

長い前髪の隙間から見える瞳は、微かに熱を孕んでいた。

「一回痛い目見ないと、やめないだろ、お前」

まさかの反撃に、心臓がバクバクと早鐘を打つ。

……計画だと、私が遥風に従順であることを再認識させ、安心させるつもりだったのだけれど。
簡単に演技だって見抜かれたし──逆に、狩猟欲をわかせただけになってしまった。

焦る私の耳に、低く囁く遥風。

「跡、残しとけよ」

そう言い捨てると、踵を返して去っていく遥風。

その後ろ姿を呆然と見つめ、思わずその場にへたり込んだ。

早鐘を打つ心臓が、戻る気配はない。

皆戸遥風。

冷静で、頭が切れて、周囲の感情に敏感。
だからこそ、一筋縄ではいかない、厄介な参加者。
しかも、頭に血が上ったら危ないという爆弾付き。

よりによって、どうして彼に男装がバレてしまったんだろう……。

これからの練習は、今まで以上に精神がすり減りそうな予感がする。

私は大きくため息を吐くと、くしゃっと髪をかき上げて立ち上がった。

ああもう、上手くやれてると思ってたのに。

とりあえず今は、部屋に帰ってキスマどうにかしよ……考えるのは、それからだ。