さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


その言葉に、私はほとんど反射的に首を横に振った。

「違う、そういうことじゃなくて」

私の否定の言葉に被せるように、遥風はふっと鼻で笑った。

「へえ、じゃあ何。男漁りってやつ?10代男子の性欲をいいことに、無防備な服装で釣ろうって?」

「っ……」

皮肉めいた遥風の言葉。

流石に、カチンときた。

男漁りのために、男装までしてオーディションに参加するわけないじゃん。
何も知らないくせに……こっちだって本当に苦労してるんだから。

その微かな苛立ちをぶつけてやろうと、私は小さく笑った。

「嫉妬ですか?」

深刻にならないように、冗談めかして言ったつもりだった。
なのに。

「──……生意気」

低く、呟くような声。
次の瞬間、彼の手が私の手首をぐいっと引き寄せた。

「っ……?!」

反射的に身を引いたけど、もう遅い。
私の背中は、すぐ後ろのラウンジの壁にぶつかっていた。

「俺にそんな口きいていい身分だったっけ?」

その言葉に、息が詰まった。

……そうだ。私は、遥風に秘密を握られているんだ。

最近は、本当に親しい友達みたいな認識だったから忘れかけていたけれど。

私たちの間には──はっきりとした上下関係があって。

私は、彼の気分一つで人生のどん底に落ちる可能性もあるんだ。


「っ、ごめっ……」


背中を壁に押しつけられ、完全に逃げ場がない。

間近で受ける、独占欲、支配欲、焦燥感の入り混じった強い視線──熱っぽく、潤んだ瞳。

呼吸が、浅くなる。


「お前はさ……俺にだけ懐いて、俺以外には冷たい愛玩動物みてーなもんだろ。なのに何、俺以外の奴に愛想振り撒いてるわけ?」

「っ……」


その言葉が、私の胸の奥、柔らかいところにぐさりと突き刺さった。

──そっ、か。

そうだよね。

対等に見てくれているんじゃないか、なんて思ってたけど。

そんなの、完全に私の思い違いだったみたいだ。

彼にとって、『榛名千歳』は、栄輔にマウントを取るためのブランド品みたいなもので。

自分の所有物が、勝手に他の人間のもとに行こうなんて許せない。

それだけなんだろう。

と、その事実に気づいた瞬間、どうしようもなく胸が締め付けられて。

──あ、やば。

想像以上に、くらっちゃうな。

じわ、と微かに滲む視界を悟られないように目を伏せた。

けれど。


「目逸らすなよ」


──ぐいっ!

乱暴に顎を掴んで、顔を上げさせられて。

視線が、交錯する。

と、同時に。


「っ、え……」


遥風の目に走った動揺で、察してしまう。

バレた。

泣きそうになってるの。

人前でこんな顔なんか、絶対見せちゃいけないって思ってたのに。

ごく、と遥風の喉が微かに動く。

やば……何か言わなきゃ。

理由も言わないで泣くのが、一番相手を困らせてしまうんだから。

と、私が口を開きかけようとしたのと同時に。


「……悪い」


ぽつり、とこぼして。

まるで火傷でもしたかのように、遥風は私から手を離した。


「頭冷えてなかった」


平静を装った声音だけれど、その奥に滲む戸惑い。

まるで、さっき自分の中で爆発した感情を、まだ飲み込めていないみたいな。

やっぱり──遥風って、どこか不安定だ。