『──名も道も失せしとも 桜嵐に身を投げよ』
天鷲翔が作り上げた静謐な凍土を、じわり、じわりと内側から溶かしてゆくように、艶やかな遥風の歌声が会場の色を塗り替えてゆく。
ゆったりと歩きながら、暗闇の中に佇む天鷲翔に向き合うと──
下から覗き込むような妖艶な仕草で、手に持った煙管の先を翔の顎に添えた。
その銀色に光る雁首が、翔の端正な顎をクイ、と持ち上げる。
『膨大な金と時をあの人から奪っておいて──最後には捨てるつもり?』
そんな主人公の独白を彷彿とさせる、挑発するような遥風の視線。
ひとりの女として愛されたい、という欲望を煽るかのような熱っぽい微笑に、会場が断末魔のような叫びで揺れる。
高潔な覚悟を湛えていた翔の瞳に、ほんの一瞬、ひび割れたような揺らぎが走るけれど。
彼は辛うじてそれを押し殺すと、遥風の手を払いすれ違う。
『金も時も奪って──挙句、命まで奪う気か』
愛する人と共に散りたい恋情。
愛する人を破滅させたくない献身。
二つの相反する想いがぶつかり合い、少女は毎晩毎晩枕を濡らして悩んだ。
