──地獄。
少女にとって、その始まりは、みぞれが雨に変わりゆきもうすぐ春がやってくるというある日のことだった。
冷たくなった母の手。
大好きなあのひとに別れを告げることもできないまま、手を引かれ駕籠に乗せられて。
引き取られた先は──この世の汚れをありったけ煮詰めたような場所だった。
客を取った取らないの醜い足の引っ張り合い。
酔客の暴力に言い返せば、咎められるのはこっちの方で。
唯一良くしてくれていた親切な姐さんは、紅の花弁みたいな斑点をいくつも背負って亡くなった。
最初のうちは、何もかもが上手くいかなくて、泣いてばかりだったけれど。
過ごしていくうち、利口な少女はこの世界での『生き方』を心得る。
この世界では、命の重さは売れるかどうかで決まるのだ。
毎日の食事も、売れていなければ残飯まがいのもので済ませられ。
病気をしても、医者を呼んでもらえるのは上客を抱える花魁だけ。
──覚悟を決めなければ、死んでしまう。
そう悟ったから、少女は仮面を被ることにした。
涙を呑み込み、嘘を吐き、生き延びて。
そうして春が巡るたびに、この目で舞い散る桜を見て──
あのひとの面影を、せめて少しでも長く憶えていられるように。
