普段であれば、琥珀に何を言われようと、飄々と無表情を貫く遼次。
いつもクールな印象で、一次審査本番のような極限状態でしか感情を表に出さない印象。

けれど、そんな彼が今日は少し違った。

追い詰められたような表情、殺気じみたオーラ。一次審査の時の彼と同じくらいに、溢れ出る焦燥感。

私たちは、思わず顔を見合わせた。

「……今日の練習、怖すぎ」

顔を引きつらせる遥風。
初めて話した時は、あなたが『苦労人側』になるなんて想像もしてなかったよ……。

私は同情しつつ、頷いた。

ただ遼次の体調が悪かったとかで、杞憂であればいいんだけど。

そんな大きな懸念を抱えながらも、メンバーが全員揃ったので、朝練がスタートする。

中間発表を控えたこの時期は、とにかく曲かけを繰り返し、パフォーマンスの形を体に覚えさせることが大切。
今日もいつものように、通しで確認し始めたのだけど──1回目の曲かけから、早速異変が起こった。

「We own the night, we own the game……ッ、すんません」

遼次のパートが受け持つ、高音ボーカル。
いつもは特に問題なく歌いこなしていたところが、今日は何回やり直しても裏返ったり掠れたりと上手く出ない。
思わず遥風を見ると、眉間に指を置いて難しそうな顔をしている。

『そういうことかよ』

そんな遥風の心の声が、聞こえてくるようだった。
そしてやはり、ここぞとばかりに琥珀の派閥がそれを責め立てる。

「おい、音出てねーじゃねえかよ!」

「何回も同じミスばっかして、バカにしてんのか?!」

今まで琥珀が大人しくしていたのは、遼次のパフォーマンスにミスが少なかったのも大きな要因だった。だから、それがなくなってしまうと、遼次の立場は一気に弱くなる。

「灰掛くんさー、俺からパート奪っといて練習サボってるわけ?ナメ腐ってんなー」

琥珀が嘲るように鼻で笑う。

「なぁ、微妙だったら後から考えるって言ってたよな?……やっぱ、俺とパート交換した方がいいんじゃねーの?」

黙り込む遼次。一気に険悪になる雰囲気。

残されたメンバーが、縋るように遥風に視線を向けた。琥珀が暴走し始めたら、止められるのは遥風の怒声しかない。

けれど、遥風は少し仲介に躊躇っている様子だった。