「おはよ、千歳」

ああ、挨拶まだだったか、と思いつつ、「おはよ」と軽く返す。

肩落ちシルエットのダボッとしたカーディガンをあざとく着こなした遥風。耳元にはブランドもののピアスがきらりと揺れる。
自分の王子様系の顔立ちに合わせ、毎回撮影の際は清楚系のコーディネートをしている印象。

さすがはアイドル経験者、自分の魅力や売り出し方をよく分かっているなぁと、毎日密かに少し感心している。

「なあ、珍しくね?」

少し私に肩を寄せ、声を潜める遥風。距離が近くなり、ふわりとシトラス系の香りが漂う。
なんのことだか分からず、ちょっと首を傾げると、遥風は少し周囲を気にする素振りを見せつつ続けた。

「灰掛遼次だよ。あいつ、いつもは一番早く来て自主練してるタイプなのに、今日はまだ見かけてない」

その言葉に、少し息を呑む。

言われてみれば、確かにそうだ。全然気づいていなかった。

遥風って、自分優先で周囲をあまり見ない俺様キャラだと勝手に思ってたけど、練習中の姿を見ていると、なんだか誰よりもメンバーたちのことを気にかけている感じ。
『TRICK』所属中の失敗経験が彼を成長させたのだろうか……なんにせよ、今や彼の存在はこのグループの要。
問題児の暴走を抑え、メンバーたちの些細な変化を気にかける理想的なリーダーになっている。
彼がいるからこそ、このグループは崩壊を免れていると言っても過言ではないくらい。

二次審査が始まる前までは、扱いやすそうとか思っていたけれど、いざ一緒にやってみるとあり得ないくらい有能で、自分の人を見る目の無さに気付かされた。

普通にリスペクトし始めてます、遥風先輩……栄輔が絡むと、一気にIQが下がって性格悪くなることを除けば。


「あいつがなんかしたのかな」

遥風はそう言いつつ、ちらりと琥珀に視線を向ける。

輪の中心で、取り巻きたちを楽しそうにイジりながら爆笑する琥珀。その姿に、特に変わった様子は見受けられない。

「どーだろ……何か仕掛けたなら、もっと『してやったり』って感じ出しそうじゃない?」

「ふっ、まあ確かにな」

鼻で笑う遥風。ちなみに彼も、琥珀のことはまったく良く思っていない。
毎日誘われて一緒に夕食を食べているが、その際に琥珀の愚痴ばかり聞かされている。

態度がナメ腐ってる、遼次への対応が胸糞悪い、取り巻きに笑えないイジリをして爆笑しているのがキツすぎる、など。

最初の頃こそ、『自分の栄輔への態度を棚に上げて何を……』と思っていた。

けれど、琥珀への不満に関しては私も全面同意。
琥珀の愚痴を通して、私たちの距離は縮まりつつあった。

共通の知人の悪口は、仲良くなるのに最強のツールってよく聞くけど……少し納得してしまう。

そんなふうに遥風と話していたところ、ちょうどスタジオに灰掛遼次が姿を現した。
私と遥風は、同時に彼に視線を向ける。

……違和感。

遥風の懸念通り、彼の様子はいつもと違った。