最初に歌うのは琥珀。
余裕たっぷりの笑みを浮かべ、最初のフレーズを歌い出した。

『なんかどうも パッとしない 鮮烈 excitement 足りない 
Midnight 狂いたい 取引の合図 One Cigarette』

澄んだ高音、安定したピッチ。
さすがは上位ランカー、華やかでキャッチーな響きが、一瞬で空間を支配する。

──だけど。
彼の声では、この曲が持つ『影』が足りない。
綺麗すぎる。純粋すぎる。
危うさがまったく感じられず、楽曲のダーティな魅力を潰してしまっている。

そして、次は遼次。

静かに深く息を吸う。
琥珀と同じフレーズを歌い始めた、その瞬間──

空気が変わった。

低めの声が、ざらついた質感を帯びながら響く。
ほんの少しだけ不安定な息の混じり方が、絶妙な『生々しさ』を生む。

同じ歌詞、同じメロディのはずなのに──
その重みが、深みが、まるで違う。

ボーカルスキルは、圧倒的に琥珀の方が上。
だけど、その天性の声質が、この楽曲に完璧にハマる、危うげな雰囲気を形づくる。

……やっぱり、この曲は、琥珀じゃない。
遼次の声が必要なんだ。

歌い終わると、場にわずかな静寂が落ちる。
──その沈黙を破ったのは、遥風だった。

「全員目瞑って。投票するから」

彼の言葉に従い、参加者たちは互いの動きが見えないように目を閉じる。

「琥珀がいいと思った奴?」

短い間。微かな衣擦れの音。

「……オッケー。じゃあ、遼次がいいと思った奴?」

再び、微かな動き。

「はい、いいよ。顔上げて」

結果を確認していた遥風は、一切の躊躇なく告げる。

「僅差で遼次だった。一旦、遼次にしよう」

その瞬間。
琥珀の瞳が動揺し、鋭い光を帯びた。

「……は?! なんで……!」

感情を押さえつけるような荒い息遣い。
だが、すぐに状況を理解したようだった。

投票者は、琥珀と遼次を除けば7人。
琥珀に票を入れたのは、彼を慕う取り巻き3人組だとして──残る全員が、遼次を選んだということ。

「練習進めてみて微妙だったら、また考える。それでいいだろ?」

遥風が冷静に言い放つ。

「……」

ムスッとした表情で黙り込む琥珀。

「何」

「……いや、分かったよ」

遥風の冷たい視線に、渋々引き下がる琥珀。

けど、その声音は、到底『納得した』人間のものじゃなかった。

奥歯を噛み締め、拳を握りしめ、その瞳に宿っているのは──
プライドを引き裂かれた悔しさと、静かな憎悪。

……なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がするなぁ。