さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜



……動揺しちゃ、ダメだ。

そう思って、無理やりに思い出そうとする。

さっきまでの、騒がしい空気を。

一触即発ですぐ修羅場化して、お世辞にも楽しいとは言えなかったけれど──

いつも通りの日常だった、あの時間を。


けれど。

その時間を思い出そうとすればするほど、今この空間の静けさが痛いほどに冷たく感じられた。


自分の呼吸の音だけが、やけに大きく響く孤独なこの場所。

今までの時間との、あまりにも大きな落差を前にして、脳内の思考がどんどんぐちゃぐちゃになっていく。


スマホも多分、眠らされた時に落として……

外部と連絡が取れそうなものは何もない。

これ、一体どうすれば……?


と、ひとり死ぬほど焦っていた、その時。


「……榛名千歳」


その声に、息が止まった。


──聞き覚えのある、静かな声。


恐る恐る、その声の方向へと視線を向けると──

そこに立っていたのは。


式町、睦。


いつも通り、完璧に仕立てられたジャケットを羽織り、冷たい光を瞳に携えてこちらを見ている。


彼の姿を目にした途端──

全てが、腑に落ちてしまった気がした。


…………あー。

なるほど。

LUCAのバトルで勝ったとはいえ、やけにおとなしく遥風の日本残留を受け入れたな、と思っていたけれど。


この人は──

やっぱり、諦めたわけじゃなかったんだ。


遥風を、第二の黒羽仙李として育てる。

そんな強い野望が、その冷徹な瞳の奥に、未だどす黒く燻ったままだった。