さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜

そろそろその呼び方を訂正しようと思って口を開きかけるも、誰かに先を越された。

「気軽に姫とか呼ぶのやめてくださいよ。本人様が嫌がってるじゃないですか。馴れ馴れしい」

殺気じみたオーラを放ってそう言うのは、小山明頼。

そうだった、この厄介な奴も一緒のグループなんだった……。

「え〜?ええやんなぁ。ってか姫、ほんまは名前なんて言うん?」

その爆弾発言に、明頼の表情がぴしりと固まる。

マジか……。まさかのあだ名しか知らなかったっていう。
飛龍に悪気は無さそうなのが、またタチが悪い。

「テメェ俺の推しバカにしてんじゃねー!」

「ちょっと!」

いつも明頼の手綱を握ってくれている兎内雪斗が不在なので、私が慌てて彼の肩を掴むと。

その瞬間、体を震わせ飛び上がる明頼。

「ギャッ、千歳くんに触られちゃったっ、やべえ、一生体洗えねぇーっ」

「姫、コイツ通報した方がええんちゃう……?」

ゴロゴロとスタジオの床を転げ回って悶え、飛龍にまでドン引きされる明頼。

そんなカオスな状況を前に、怒る気も失せたのだろう、遥風が軽く手を叩いて静めた。

「はい、とりあえずじゃあFは飛龍でいいな。次、Cのパート決めてくぞ」

ああ、ようやく話が進みそう。

遥風が『リーダー』として機能してくれているおかげで、場はすぐに収拾がついた。
けど、さっきの飛龍VS遥風みたいな一触即発の雰囲気、心臓に悪いんだよね。
もう二度とごめんだ。

そんなことを考えていると──

「あ、俺Cパートやりたーい」

間延びした声が響いた。

手を挙げたのは、菅原琥珀。

その呑気な口調が、またしても遥風の神経を逆撫でしてしまったらしい。
遥風の目が、苛立ったように細められる。

「……はい。けど敬語使え」

「……すんません」

遥風の放つ激怖ヤンキーオーラに、さすがの琥珀も身をすくませる。

遥風のパワハラ先輩ムーブ、やば。
ていうか、中3の私にはタメ口許したくせに、高1の琥珀には敬語使わせるんだ……。

「他、やりたい人いる?」

遥風の声に、メンバーたちは顔を見合わせる。

Cパートは歌い出しを担当する、超・美味しいポジション。
誰もが狙っていただろうけど、超人気インフルエンサーの琥珀と張り合うなんて、自殺行為だ。

遠慮の空気が流れ、琥珀に決まりかけたその時──

「……やりたいです」

──手が、挙がった。

灰掛遼次だった。

相当迷ったのだろう、気まずそうに視線を落としている。
琥珀が不機嫌そうに眉根を寄せ、ボソリと呟いた。

「……空気読めや」

その声音が、再び場の空気を凍りつかせる。
ああもう、どうしてみんなすぐピリつくんだろう、頭が痛くなる……。