「—Let go. (離せ)」
朦朧とした意識の中、聞きなれた声が飛び込んできた。
──ゆっくりと、視線をそちらに向ける。
立っていたのは、遥風。
いつも通り、両手をポケットに突っ込んだ無造作な立ち姿だけれど──
「Now.(今すぐ)」
その声音は、まるで即座の従属を求める支配者のような温度の無さ。
一瞬ローガンが息を呑んだ、その隙をついて──
遥風は、グイッと二の腕を掴んで引き寄せてきた。
そして次の瞬間、ふわり、と。
身体が宙に浮き上がる感覚。
倦怠感で鉛みたいに沈んでいたはずの身体が、まるで紙みたいにいとも簡単に持ち上げられてしまったので、一瞬何が起こったのか分からなくて。
──遥風にお姫様抱っこされている、と気がついたのは、数秒経ってからだった。
そのままローガンに背を向け、躊躇なくさっさと歩き出す遥風。
背後でローガンが何か言っていた気がするけれど、それもすぐに聞こえなくなって。
朧げな意識の中、耳元の衣擦れの音、遥風のいつもの爽やかな香りだけが、やけに鮮明に感じられた。
「あの、……遥風……」
戸惑いながら絞り出した声は、自分でも呆れてしまうほど細くて。
そんな私に遥風はため息混じりに、ふっと眉を下げて微笑む。
「限界なんだろ。喋んなくていいよ」
──ああ。
やっぱり。
遥風には、全部見透かされてるみたいだ。
預けていいよ、とでも言うように、腕の力がほんの少しだけ強くなる。
その暖かさに、張り詰めていた緊張が溶けるように弛んで。
ふわふわとした心地の中、私の意識は──
静かに、ふっと灯りを落とした。
