さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜

上質な黒革のスタイリングチェアに腰を下ろす。
サロン独特の薬剤の香りと、ウッディなアロマが混じり合い、空間を満たしていた。

曇りのない鏡に映るのは、大嫌いな自分の顔。

「あなた、ホント可愛いわね。色んな芸能人見てきたけど、トップレベルよ」

鏡越しに、感心した様子の涼介さんと目が合う。

いい気はしなかった。
これのせいで、どれだけの歪んだ欲に晒されてきたことか。

「優羽ちゃんから少し聞いたわ。桜井冬優と──黒羽仙李(くろば せんり)の隠し子なのよね。確かに、雰囲気が仙李とそっくり」

「……そんなことないです」

無表情で答える。

涼介さんはそんな私を気にすることもなく、細い指で私の髪をすくい上げ、髪質を見る。

「うーん、地毛じゃなくてウィッグにしましょうか。このサラサラストレートだとメンズセット難しいのよね。ウィッグなら、毎日完璧な長さを保てるし♡」

軽い口調で言いながら、器用に薄茶色のウィッグを被せ、馴染ませるようにカットを始める。

サク、サク、サク。

耳元で響く小気味いいハサミの音。

落ちていく毛束をぼんやりと眺めながら、心の中で深くため息を吐いた。

榛名優羽、ほんとドン引き……。

少なくともお母さんは分かりやすかった。
挫折した自分の『アイドル』という夢を、私に押し付けていただけ。

一方優羽は、何が目的か分からない。

百歩譲って無理やり芸能界に入れるのは分かるけど……なんで、男装?怖すぎるって。

涼介さんは、何か事情を知ってるのかな。
そう思って視線を向けると、彼はご機嫌そのもの。軽く鼻歌まで歌っている。

……いいですね、楽しそうで。

きっとこの人は、面白がって協力してるだけなんだろうな。

お気楽な涼介さんの様子を前に思わず力が抜け、まぶたが少しずつ重くなってきた。
昨日の睡眠が浅かったせいかな。

視線がふわふわと宙をさまよい、気づけば、意識はまどろみの中へと沈んでいった。