さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


俺は数秒間、惚けたようにその場で動けないでいたけれど──

やがて、気が付く。


きっと、千歳くんも怖くて怖くて仕方がないはずだ。

さっき俺が受けたようなブーイングを、これから彼も受けるかもしれないって言うのに。


その臆病さを少しも見せず──
余裕のある態度で接してくれたこと。

それが、どれだけありがたいことなのか。


きっと昨日の彼が、本来の千歳くんなんだと思う。

ガラスみたいに繊細で、自分で自分を責めて壊してしまいそうな人。


けれど──
今日の彼は、少しもそんな自分を見せない。


俺が、罪悪感と責任感で押し潰されて崩れないように。

自分の不安を飲み込んで、あえて強く、いつも通りに演じてくれる。


その優しさが、乾き切った心に痛いほどに胸に沁み込んでいくと同時に。

その真っ直ぐな強さが、どうしようもなく、愛しく思えてしまった。



……ほんっと、そういうとこが大好きなんだよな。



滲んだ視界を、乱暴に袖で拭って。 空気を肺いっぱいに取り込んで、ゆっくり吐き出す。


そして──

立ち上がった。



戻ろう。

震える足でも、合わせる顔がなくてもいい。


戻って、 ちゃんと千歳くんのステージを見届けよう。


きっと、彼はやってくれる。

勝敗なんて関係なく、胸を打つパフォーマンスを見せてくれるから。


そんな強い直感のもと、俺はひとり、踵を返して。

無人のステージを背に、ゆっくりと歩き出すのだった。