──ステージに一歩踏み出した瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
一体、目の前で何が起こっているのか。
最初の数秒は全く理解できず、立ち尽くすことしかできなくて。
その間も、割れんばかりの轟音が否応なく現実を突きつけてくる。
「Boooooooo!!!」
ブーイングの嵐。 怒号。罵声。
俺は、英語が分からない。
けれど──
その声の意味するところだけは、痛いほどに伝わってきた。
『ステージから降りろ』
全身の血液が、さぁっと音を立てて足元に落ちてゆく。
なんで?
一体どうして、こんなことに──?
覚えのない大きな敵意が、津波みたいに轟々と押し寄せて。
言葉だけじゃなくて、空のペットボトルやグシャグシャに丸められたゴミまで飛んできて、足元を掠めた。
──ステージから、消えてなくなりたい。
そんなふうに思ったのは、人生で初めてのことだった。
……逃げちゃダメだ。
何度も何度も自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸する。
いつもみたいに集中しよう。寝る間も惜しんで、何回も練習してきたじゃないか。
誰よりも丁寧に分析を重ねて、主人公の感情を自分の中に染み込ませてきたんだから。
きっと、できる。
──はずなのに。
するりと、頭の中から憑依の感覚がこぼれ落ちていった。
……ああ。
いつも──
どうやってやってたっけ。
焦れば焦るほど、呼吸が浅くなって、集中からは遠ざかっていく。
憑依型の俺は、誰かが『降りてきて』くれないと、何もできないのに。
──本当に大事な今日に限って、俺の中に、誰も来てくれなかった。
俺自身のままで、立つしかなかったのだ。
