一瞬、何が起こったのか分からなかった。
固まった思考の中で、視線だけを、観客席に向ける。
トレイニーも、地元の観客たちも──
そのほとんどが立ち上がって、彼にブーイングを飛ばしていた。
「Get off the stage, bigot!(ステージから降りろ、差別主義者!)」
「Go back to your country!(国に帰れ!)」
「You think you can say that and just sing like nothing happened?(あんなこと言っておいて、何事もなかったように歌えるとでも?)」
…………は?
何言ってんだ、コイツら。
栄輔が、一体何をしたって言うんだ?
なんでそんなに怒って──
と、その時。
手の中で開きっぱなしだった俺のスマホが、ヴーッと低く振動した。
Drekalexanderが1本のビデオをAirDropで共有しようとしています
【受け入れる】 【辞退】
……明らかに、おかしいタイミング。
その突然の通知に直感的に不穏な何かを覚えた俺は、迷わず『受け入れる』を選択した。
すると──そこに表示されたのは。
栄輔が、ブルーボトルの酒瓶を片手に、片脚をテーブルに乗せ、大声でカメラに向かって挑発している動画だった。
彼にあるまじき流暢な英語でベラベラと喋っていて、それに楽しそうに野次を飛ばしているのは、俺と千歳の声。
──その会話の内容は、とにかく下品で生々しすぎるし不快だからあまり言わないでおくけれど。
とりあえず概要を伝えるならば、俺たちが飲酒しながらLGBTQ的にかなり問題のある発言を繰り返して大爆笑している、とんでもない偽造動画だった。
俺も千歳も栄輔も、こんなことは絶対に言わない。
栄輔に至っては英語すらまともに喋れないって言うのに。
それを知っている俺からしたら、これが高性能のAIで生成された動画だと言うことはすぐに分かったけれど。
俺たちのことを何も知らないここの人からしたら、俺たちは完全に悪者だ。
特にこの話題は、多様性が重視されるロサンゼルスでは、もう完全にタブー。
案の定、ペットボトルやゴミなんかまで投げつけられ、悪夢のような大惨事となっていた。
