さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜



「Here… do you want to use this?(これ……使う?)」


ユアンの横から、控えめな言葉と共に、スッとハンカチが差し出された。


その持ち主は──

榛名千歳。


栄輔や俺に向けるのとは全く違う、優しくて、心から心配するような声音。


ユアンは、そんな彼を前に一瞬固まったかと思うと。

次の瞬間、ひったくるようにハンカチを奪い取って、ぐしゃぐしゃと乱暴に涙を拭き始めた。


そんな彼をちょっと困ったように見る千歳。

まるで自分の弟でも見るかのようなその優しい視線に、思わずちょっと眉根を寄せる。


数週間一緒に練習を続けるうちに、さすがに気づいてきた。

榛名千歳という人間の本性は、こっちなんだろう、と。


他人の感情に敏感で、責任感が強い。相手の心にやたらと踏み込んで、救ってやりたがる──

言うなれば、物語の主人公におあつらえ向きの性格。


多くの人間は、そんな彼に好感を持つんだと思う。


けれど俺は、彼のような性格の人間が少し苦手だった。


理由はシンプル。

感情論に振り回されがちで、芸能界のようなサバイバル世界では少々足手纏いになるからだ。


口を開けば、綺麗事。

頼んでないのに、干渉。

大層なことを言って、ヒーロー気取りで、ことをやたらと悪化させる。


ある人から見れば、勇気と優しさに満ち溢れた彼は、救世主みたいに映るのかもしれない。

けれど──


残念ながらこの世界は、ご都合主義のフィクションじゃない。


どうしようもできない力学で動いている。

馬鹿正直な善人は、最初に死んでしまう。


理想だけで、気持ちの強さだけでどうにかできることなんか、何もないのだ。