一次審査終了後、夜。

夕食を終えた私は、静まり返ったラウンジの片隅で椅子に腰掛け、1人勉強に取り組んでいた。
自室だと、京が女の子と通話しててうるさいけど、ここなら集中できる。

シャーペンを走らせる音だけが、広々とした空間に響く。

一応引っ越す前に、こっちの学校への転校手続きはしてある。
けれど、榛名優羽はオーディション合宿中に私を登校させる気なんてないだろう。

だからって、私は勉強をおそろかにしちゃダメだと思ってる。
私は、いつまでも芸能界に身を置くつもりはない。というか、できるだけこの世界には関わりたくないっていうのが本音。
芸能界から離れたとき、頼れる身内もいない私は、自分で生きていくしかない。
将来の選択肢を広げるために、やるべきことはやっておきたいから。

静寂の中、テキストのページをめくる音が響く。
集中して問題に取り組んでいると、ふと、ラウンジの入り口で誰かの気配がした。

「偉いっすね、千歳くん」

聞き覚えのある、くだけた敬語。振り返ると、そこにいたのは──

「栄輔」

「眼鏡かけてたから、一瞬誰かと思いました」

できるだけ自然な態度を装っているのだろうけど、その瞳にはやっぱり気まずげな光が浮かんでいる。
今まではちゃんと天鷲翔の忠告を守って私を避けてたみたいだったのに……今更話しかけてくるなんて、一体どういう風の吹き回しだろう。私はシャーペンを置き、眼鏡を外して栄輔に向き直る。

「お前、俺のこと避けてたでしょ」

私の言葉に、ギクッと表情を硬直させる栄輔。え、まさかバレてないと思ってた?
思ってることがすぐ顔に出るあたり、めちゃくちゃ素直なんだろうなって思うけど、そのぶん傷つきやすそうで心配だ。

「いや、その……なんか、なんていうんすかね」

ゴニョゴニョと口ごもり、視線を泳がせる栄輔。
しかし、やがて決心したように顔を上げると、私のもとに歩み寄ってきた。

「聞きたいこと、あって」

私の隣の椅子に腰を下ろすと、まっすぐな視線で見つめてくる。

「千歳くんが……俺の悪口言ってたって聞いたんです。翔から」

うん、やっぱそうだよね。
表情を変えないで栄輔を見つめ返す。栄輔は、私が否定しないことに対して、少し辛そうに眉根を寄せた。

「やっぱ、マジなんだ」

胸の奥が、ちくりと痛む。
ああ、嫌だな、これ。純粋な良い人の好意を突き放して、踏み躙るの。
もういっそ、そのまま避け続けてくれればよかったのに。