さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


まだだいぶ早いから誰もいないだろうな、と思いながら行ったのだけれど──

いざ足を踏み入れてみると、本社棟社長室前のスペースには既に人影があった。


ソファの背に身を預けて、一人スマホに視線を落としている遥風。

さら、と目元に流れ落ちる艶やかな黒髪、耳元で揺れる細いピアスがガラス窓から差し込む光に照らされて。


……相変わらず、死ぬほど顔が良い。


見惚れそうになったのを、慌てて落ち着かせるように、ギュッと目を閉じた。


落ち着こう。変に意識したら、絶対に気まずくなる。

ただ今まで通り、できるだけ普通に接するんだ。


そう自分に言い聞かせ、心境を整えると──

私は今気づいた風を装って声をかけた。


「あれ、遥風」


その言葉に、ゆるく視線を上げる遥風。


──久々に、真正面から視線が合った。


その新鮮さに、思わず胸がきゅっと絞まったけど、表向きには悟らせない。

できるだけ平静を装って、「おはよ」と笑う。


「……おー」

「隣いい?」

「いいよ」


遥風の声音も、至って今まで通り、普通。


けれど──気のせいだろうか。

心なしか、少しだけ硬いというか、緊張感を持たれている、というか。


意図的に距離を保たれているような感じを覚えつつ、私は会話の空白を埋めるみたいに言葉を繋ぐ。


「なんか聞いてたの?」

「……昨日の練習動画」

「ああ。フォーメーション直さなきゃね」


当たり障りのないやり取り。

けれど──

その間も、ずっと感じる違和感。


やけに、視線が合わない。


意図的に私のことを見るのを避けているみたいな、そんな感じ。


……うん、やっぱまだ、距離ある。

そのことに、若干ずきりと胸が痛んだ。