静琉は、そんな睦をしばらく何も言わずに見つめていたけれど──

次の瞬間、靴音を響かせて一歩踏み出し、睦に詰め寄る。


「これ以上、お前がうちの若い才能を潰そうとするのなら──

こちらも容赦はしない」


その冷気さえ感じる威圧感に、睦の表情が微かに引き攣った。

けれど、それも一瞬で。

すぐに余裕を取り戻すと、負けじと顎を上げて静琉を見据える睦。


「……遥風を手放すのが惜しくなったか、静琉」


バカにしたような声音に、ぴく、と片眉を上げる静琉。

睦はそのまま、横柄な態度で言葉を続ける。


「では、こちらも聞くが……静流。お前に、ルシアン・クロフォードに勝る力量はあるのか」


──ルシアン・クロフォード?


どこかで聞いたことがあるような名前だけど──

思い出せない。


少し眉根を寄せる私に気づいたか、隣にいた遥風がそっと私の袖を引き、小声で囁いた。


「エマの初代CEO。仙李の才能を見抜いて『Schadenfreude』をプロデュースした世界的ヒットメーカー」

「え……」

「今はアメリカのレーベル『LUCA - Lucian Crawford Agency』の代表を務めてる。翔が昔活動してたレーベルで……俺も多分、これからそこに移籍することになる」


そうか──

睦は、遥風を『黒羽仙李』にしたいから。


黒羽仙李を見出した張本人であるその人のもとに、遥風を移籍させようとしているんだ。


「彼のいない今のエマは、もはや過去の遺産を食いつぶすだけの場所だ。 俺はそれでも、このオーディションに期待していた。 だが、蓋を開けてみれば凡庸な参加者ばかり。遥風に釣り合う者など、ほんの一握りしかいなかった。 こんな環境では──遥風は腐るだけだ」


こんなにもハイレベルな環境でも、まだ足りないというのか。

睦の極端な野心を前に、私は思わず眉根を寄せてしまう。

このまま盲目に第二の仙李を追い求めても、きっと彼の高い理想は一生実現できないだろうに。