さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


ドクン、と心臓が大きな音を立てて跳ねる。


──いつの、間に。


走ってきたのだろうか、肩で息をしたまま、指先が白くなるほど力を込めて、睦の動きを封じている。


「……離せ」


「嫌だ。千歳にだけは、やめろ」


……真剣な声。

今までの、甘さでコーティングされた声音とは違う──

真っ直ぐで嘘のない、遥風自身の声。


それを聞いた瞬間、ぎゅうっと心臓が痛いほど締め付けられて、視界が滲んだ。


「むしゃくしゃしてんなら──いつも通り、気が済むまで俺を殴ればいいだろ」


真正面から父親を見据え、そう言い放つ遥風。

覚悟を決めたようでいて──
睦の腕を掴むその手は、微かに震えていた。


怖い、んだ。


成長しても、逃れられないまま残り続ける、幼い頃に植え付けられた恐怖。

言葉でどうにかできるものじゃない、消えない痛みが、未だに記憶の中に根を張っているんだ。


なのに──

どうして。

どうしてそんな痛みを抱えてなお、私なんかを助けてくれるんだろう。


自分を犠牲にしてまで──

守ろうとしてくれるのは、なんで?


「チッ……」


睦が舌打ちし、掴まれた腕を無理やりに振り解いた。

そして──再び、今度は遥風に向かって、拳を振りかぶる。


「っ……!!」


嫌だ。

これ以上、私のせいで遥風が傷つくのは、嫌なのに。

割って入りたいと思っても、酔いが回った体にはちっとも力が入らなくて。


間に合わない──


と、そう思った、次の瞬間だった。


「睦」


低く、しかしよく通る声が、廊下の奥から響いた。

ぴた、と条件反射のように、睦の動きが止まる。

私も、思わず息を止めた。


だって──この声って。



「……巫、静琉」



廊下の奥に立っていたのは、エマ代表でありこのオーディションの審査員長。




巫静琉だった。