さっきから彼が繰り返し口にしている、私の父親、『黒羽仙李』の名前。


式町睦はきっと、自身のメンバーであり絶対に超えられない存在であった黒羽仙李に狂気的な信仰心を見出して、あろうことか──自分の実の息子に彼の表現を継がせようとしているのだろう。


なんて自己中で──

なんて、愚かな。


酔いのせいだろうか、頭に血が昇りやすくなっていた私は、その場に飛び出して割って入りたい衝動に駆られた。

けれど、すんでのところでギュッと腕をつねって痛みを与え、思考を晴らす。


……ダメだ。


今の状態の私で挑んでも、こんなにも狂った父親の説得なんてできやしない。

直接対決は、シラフの時じゃなきゃダメだ。


とりあえず今できることは、バレずに虐待の証拠を押さえるくらい。


そう考えた私は、ポケットからスマホを取り出すと、カメラを起動して動画を回し始めた。


ドアの隙間から、遥風と睦のレッスン風景を盗撮するのだ。


震える手をなんとか抑え、息を殺してカメラを構え続ける。

練習が再開しては中断され、何度も殴られたり蹴られたりする遥風を前にしても、なんとか怒りを押し殺して、淡々と状況をカメラに収め続けた。


──そうして、一体どれくらい経っただろうか。


「……今日はここまでだ」


式町睦の淡々としたそんな言葉で、ようやく地獄が終了したようだった。

私は掲げていたスマホを下ろすと、静かに扉を閉める。


そのまま、物陰に崩れ落ちるように座り込んで──

震える膝を、必死に抑えた。



……私、こういうの見るの、絶対向いてない。



遥風が何もできずに、睦からの暴力を受け入れているのを見るたびに。


私の中に積み重なったどうしようもない痛みが、不安が、怒りが、ぐわっと音を立てて迫ってきて、押しつぶされそうだった。


ドクン、ドクン、ドクン、と心臓は痛いほど脈打って、呼吸もこれ以上ないほど荒くなって。


落ち着こうと思っても、しばらくは立ち上がれないくらいは、ショックを受けていた。