「…………うさんくさ…………」



私の髪に触れた篤彦の手がぴたりと止まって。

そこで初めて、無意識に本音がこぼれてしまったことに気がついた。


……あれ。

やば。


今、声に出てた……?

背中にじんわりと冷や汗が滲むのを感じながら、恐る恐る、目の前の彼の表情を窺ってみると──



「…………言うなぁ」



いつもの貼り付けたような笑みは崩さないまま、けれど明らかにブチ切れ。


あ、やらかした、と思ったのと同時に──

彼の手が頬に伸びて。


いきなり、ぎゅーっと容赦なく両頬をつねって引き伸ばしてきた。


「いっ……?!」


予想もしていなかった暴挙に、思わず声が出る。

自分の思惑がことごとく上手くいかないことへの当てつけなのか、化けの皮をかなぐり捨ててグイグイと頬を引っ張り続ける篤彦。


この人、完全にムキになってる……!!


確かに私がバカ正直に言ったのも悪かったよ。

悪かったけれど、こっちはあなたが飲ませてきたお酒のせいで正直になってしまったわけだから、いわばこれは半分自業自得なのに……!!


「はははは、かーーんわいー顔。ちぎれるまで伸ばしたるわホラ」

「痛い痛い痛い!」


どれくらい伸びるのか試すみたいな容赦ない篤彦の攻撃に、涙目になる。


……きっと今の彼にとっては、仕留めたと思った蚊が未だに部屋の中をブンブン動き回ってるみたいに、私の存在が邪魔で邪魔で仕方がないんだろう。

とはいえ、私も黙って彼に潰されるわけにはいかない。蚊にも蚊の人生があるのだ。


「ほんま賢い女なんか大っっっ嫌いやわ〜〜〜。抱いてやるから大人しく降りろ言うてんのに」

「えっ、願い下げですけど……!!」

「はぁ〜??」

「あっ」


酔いのせいで、私の口もいつもよりだいぶ失言をしまくって。

そのせいでますます篤彦を苛立たせてしまって、私もますます解放してもらえない。

と、そんなすったもんだの真っ只中で──


ガチャ。


不意に、部屋の扉が開く音。

反射的に視線を向けると──



そこに立っていたのは、栄輔だった。



「篤彦くんヘッドフォン……えっ?」



視線を上げると同時に、凍りついたみたいに固まって。


数秒間、時が止まる。


やがて──沈黙の後、ようやく目の前の状況を把握した栄輔は。

ツカツカとすごいスピードで歩み寄ってきて、私から篤彦をベリッ!!と引き剥がした。