私は未だにふらつく視界の中、なんとかウィッグを被り直して、荷物をまとめ始める。


「ほんまに帰んの?」

「あたりまえでしょ、」


背後からかかる篤彦の声に無愛想に返して、まとめた荷物を肩にかけた。

そのとき。


「んー……まぁええけど、今の状態で帰ったらほぼ確で峰間に食われるやろな」


ぼそ、と呟くように落とされたその言葉に、思わずピタッと動きを止めた。


確かに……。

酔っていて思考がそこまで回ってなかったけど、ここまで酔いが回った状態で部屋に帰ったら、多分……。


嫌な未来を想像して顔をしかめる私に、ふざけたように言葉を投げる篤彦。


「言っとくけどあいつ、千歳ちゃんとどーやったら一線越えられるかってことしか考えてへんで」

「……」


その言葉に、今度は頭が痛くなる。

京とは、今までも何度か危ない雰囲気になったことはあったけど、流石にキス以上はなんとか踏み越えさせないようにしてきた。


けれど、ヤリモク男御用達の強いカクテルで酩酊している今、拒み切れるかどうかは……分からない。

黙り込む私に、篤彦は不意に立ち上がって、こちらに歩み寄ってきた。


ふわ、と間近で香る落ち着いた香水の香り。


「って、わけで」


俯いたままの私の顔をどこか挑発的に覗き込んで、ちょっと首を傾げる。


「今日、ここ泊まってったら?」


……え。

硬直する私を前に、篤彦はなんでもないように続ける。


「そんなビビらんでも、別に変な意味とちゃうよ〜?ただの親切心」


……いや、怪しすぎる。

篤彦がただの親切心で私を部屋に泊めるわけがない。

私が寝てる間に、スマホのロックを勝手に解除してさっきの会話の録音削除とかしてくるつもりだ。

と、警戒の視線を緩めない私を前に、篤彦はちょっと呆れたようにため息を吐いた。


「千歳ちゃんさぁ、俺が損得勘定でしか動かないがめつい人間やと思ってる?」


はい、思ってますが……。


と、言いたいけど我慢して、ちょっと肩をすくめると。

篤彦は再度軽くため息を落としたあと──私の髪にスッと手を伸ばして。

そのまま、さら、と優しく撫でた。


──え。


硬直する私に、そのまま、ひと言。




「……賢い女の子、普通に好きやねん、俺」




ふ、と微笑んでくるその視線に、微かに滲む甘い色。

悪魔みたいに魅惑的な声音、ふわ、と鼻先を掠める嗅ぎ慣れない香水。



思わず、息が止まりかける。



この人になら騙されてしまってもいいかも、なんて思ってしまうような、喉が焼けるくらいの甘い誘惑。


この異性を意識させるのにベストな距離の近さ、あざとい言葉選び。




──その全部を、痛いほどに知ってる。


この不自然な完璧さは、絶対に──




私が今までしてきたそれと、同じ手口。



『色仕掛け』で、どうにかしようとしてきてる……。