連れてこられたのは、翔の部屋だった。

翔のルームメイトはもう既に一次審査で脱落していて、一人部屋らしい。

翔の几帳面な性格がそのまま反映されたような、手入れの行き届いた部屋。
同じ寮の部屋のはずなのに、暮らしている人間が違うと、やっぱり雰囲気も匂いも全然違う。
薄いミント系のフレグランスの香りが、どこか知的で、冷ややかな空気を醸し出す。


「……で、なんの話だよ?千歳から頼まれたって」


床に置かれたローデスクのそば、翔の向かいに腰を下ろしつつ聞く。


翔と千歳は、おそらく仲が悪い。


千歳が、デビュー後に即脱退するため、実力者には嫌われるよう問題児を演じているためだ。

中でも圧倒的な実力を持つ翔に対しては、特に攻撃的な態度を取り続けたのだろう。

それが功を奏してか、翔も千歳のことは軽蔑しているようだった。


だから、今回翔がメンバー選びの時真っ先に千歳を選んだ時は驚いたけれど──

練習風景を見ていると、やっぱり翔は千歳に敵意を持っているようだった。


だって、明らかに千歳一人にだけ当たりが強い。


普通なら指摘しないような小さなミスまでやたらと拾い上げては詰めたり、今日なんかわざわざ『辞退しろ』というような脅し文句までぶつけていた。

まるで、千歳をいじめるためにグループに引き入れたみたいな態度。

そのことに前々から苛立ちを感じていた俺は、この機会に疑問を呈してみることにした。


「ってか、ずっと思ってたんだけど、お前練習中千歳にキツく当たりすぎじゃね?そりゃ俺らよりはスキル劣るかもしれないけど、普通にできてんだろ」


俺の言葉に、翔は「あー」と曖昧に漏らした後、ちょっと肩をすくめた。


「あれ、半分は演技」


あまりになんでもないことのように言われたので、一瞬その意図が理解できなかった。


……演技?


固まる俺に、翔は薄く笑って続ける。