そう少し安堵したのと同時に、私の脳裏に、どこかで聞いたような言葉が浮かび上がる。


『真面目だった人が急に異性関係を乱すのは、たいてい心の痛みから逃れるため』


積み重ねた努力が、何一つ報われなかったとき。

信じていたものに、裏切られたとき。



心が壊れてしまう前に、人は『快楽』で苦痛を誤魔化そうとするんだって。



……遥風の変化は、単なる闇堕ちなんかじゃなくて。

生きるために必要な、自己防衛なんだろうな。


そんなことを改めて強く思って、何も言えなくなってしまう。


と、そんな私の様子をしばらくじっと見ていた翔は──

苛立たしげに髪をかき上げ、呆れのため息混じりに口を開いた。


「……ま、それが本当ならさっさと番組から降りてもらわないとね。すっぱ抜かれでもしたら番組のイメージ自体に傷がつくし」


どこまでも冷たくて、どこまでも正しい翔の言葉。


皆戸遥風は、今、完全にアイドルとして危ない橋を渡っている。

もしこのことが公になったとしたら、彼だけでなくエマプロ参加者全員が信用を失うことになるだろう。

頭に血が昇りやすい遥風が、峰間京のように器用に女遊びを隠し通せるとも思えないし──爆弾は、早めに取り除いておくべき。

そんな翔の主張は、もっともだ。


──けれど。


どうしても私は、このまま遥風を見捨てるのは違うんじゃないかと思ってしまう。

彼をここまで追い詰めた周囲が何食わぬ顔をしておいて、遥風だけが世間に糾弾されるのは、どうしても不公平に思えてしまうのだ。


多分、これは私が甘いんだと思う。

遥風の良いところも、弱い姿も、全部知ってしまったから──情が湧いてしまったから。

翔のようにキッパリと割り切ることができていないんだ。


芸能人として正しい選択は、翔の言うとおり、遥風を番組から降ろすことだけど。

一度でも、遥風と友達だった身としては──このまま、彼が潰されるのを黙って見ているわけにはいかなかった。


だから、私は──



「遥風が壊れていくのを無視しておいて、いざ壊れきったら見限るだなんて──あんまりじゃないの、お前」



『問題児』の仮面はそのままに、彼に異論を投げかけてみることにした。