ぴしり、と。

一瞬にして空気が凍りつく。


思考が追いつかないまま固まる私の前で、翔はふっと微笑んだ。


「だって、視聴者が俺に求めてるのはそういう立ち回りだからね。人格者、理想的なリーダー像、問題児たちの手綱を握る苦労人。視聴者が求めてる見せ場を自ら潰すなんて、センスないことしないよ」


夜の湖面のように静かでフラットな声音に、息が止まる。


──私、天鷲翔について少し誤解していたかもしれない。


汚いことや狡猾なことは許さない、聖人君子。

他人を踏み台にして自分が輝くなんて言語道断──そんな正義感の強い主人公タイプだと思ってた。


けれど。


今この瞬間、ようやく気付いた。

彼は、聖人なんかじゃない。



「──この業界、何年やってきてると思ってんの?」



正真正銘の、プロだ。



自分が生き抜くためには、周りの人間すべてを舞台装置として利用する。周囲から求められるのものを瞬時に分析し、理想の『天鷲翔』を完璧に演じ切る。

その揺るがない覚悟と、それを支える強靭なメンタルは──


紛れもなく、私が目指してきた姿。


母親に求められ、私が形だけ必死に身につけてきた『合理的な冷徹さ』を、最初から本能のように備えている──



それが、天鷲翔という人間なんだ。