──数分後。
「……つまり、足引っ張んなよって脅してたってこと?」
私と翔からわけを説明された遥風は、まだ解せないような表情で首を捻っていた。
そんな遥風に対し、翔は涼しい顔で頷く。
「俺はいつかの誰かみたいに男色の気は無いからね。お前が想像するようなことはしてないよ」
「お前なぁ」
嫌味っぽい翔の言い方に、苛立ち気味に目を細める遥風。
途端にギスギスした空気になるスタジオに、とてつもない居心地の悪さを感じる。
翔と遥風って、昔からの友達って言ってたけど、絶対に嘘だ。
お互いがお互いのことを信用してなさそうだし、カメラの前でのビジネスパートナーとしか思ってなさそう。
流石に、葵と京みたいにところ構わず喧嘩し始めることはないだろうけど──この冷戦状態も、これはこれでなかなか精神がすり減るな。
と、内心でちょっと縮こまってしまっていると。
「……てか、別にそんな足手纏いでもねぇのに。な?」
と、遥風が不意にこちらに視線を投げてきた。
……え。
一瞬、思考が止まった直後。
自分でも呆れるくらい分かりやすく、心臓が加速し始めた。
また、だ。
また、訳のわからない優しさ。
至っていつも通り、なんなら口元に微かに笑みを携えて。
目深に被ったフードの下、さらっと長い前髪の隙間から、優しい瞳がこちらを捉える。
……その余裕は、彼女ができたせいなんだろうか。
もう私にされたことなんて気にならないほど、今が幸せってことなんだろうか。
と、そんな思考が浮かび上がり、私は慌てて強制的に脳を切り替える。
……冷静になろう、自分。
私が今するべきことは、遥風の一挙一動に振り回されるじゃない。
彼の、違和感に気づくことだ。
遥風の態度の急変、その理由は、必ずあって。
そして、それが必ずしも前向きなものだとは限らない。
人の態度や行動が急に変わるとき、それは得てして、その人の中で何かを乗り越えたか、あるいは何かが壊れたか、どちらかのサインだ。
──そして、もしそれが後者であるならば、私には、遥風の優しさに一喜一憂している暇なんてない。
そう思った私は、ぐちゃぐちゃになりそうな感情を無表情で覆い隠し、平静を装ってさらりと返した。
「さあね」
そして──これ以上言葉を交わす前に、ふい、と視線を逸らした。
不必要な会話を、遮断するように。
触れられないように、揺らがないように。
下手に近づき過ぎないで、フラットな関係のままでいること。
それがきっと、遥風にとっても、私にとっても、一番いい形なんだと思うから──。
