──ぶわっ、と耳に雪崩れ込んでくる音楽。


箏の爪弾きのような音が鮮やかにグリッサンドを奏で、胸を締め付けるような繊細な旋律が淡く広がって。

背後で鳴る神楽鈴の軽やかな音が、光の粒のように、静寂に溶けてゆく。

一瞬にして異世界に迷い込んだかのような感覚。

呼吸の音、心臓の音すら、この音を邪魔してはいけない気がして、思わず息を止めた。

雨粒が落ちるのを連想させる、切ない旋律の流れるスタジオの中、壁に背をもたせかけていたのは──


翔だった。


音を品定めするように、軽く目を細めつつ、じっと微動だにせず立っている。

その絵に描いたような横顔にさらりと艶やかな黒髪が落ちて、影を落としていた。

普段はきちんと髪をセットしている彼の完全なノーセット姿は、これまでのイメージよりよほど儚くて、不意にどこかに消えてしまいそうな危うさがあって、思わず見惚れてしまう。

──と、そんな視線を感じたのだろうか、ふとこちらに視線を向ける翔。

私の姿を見とめると、カチ、と手元のパソコンを操作し、音を止めた。

急に訪れた静けさに、ふっ、と現実に引き戻されたような感覚になる。

「いつから居た?」

「……さっき」

まだ夢から覚めきれないような心地の中、慌てて刺々しいような声を作る。

彼は、多分今のところ計画通りに私を嫌ってくれている唯一の参加者だ。

圧倒的な実力を持ち、よほどのことがない限りデビューが確定している彼には、意地でも好かれるわけにはいかない。

と、そんな私のふてぶてしい態度を前にしても、翔の表情は変わらないまま。

いや、読めない、と言った方が正しいだろうか。

「……まあいいや。とりあえず来て」

「なんで」

「いいから」

翔の低く落ち着いた声、鋭い視線に気圧されて、私は躊躇いつつも彼の元に歩み寄る。

彼は、私のことを一瞥もせずに、慣れた手つきでパソコンを操作しながら言った。