「急すぎません?」
思わず口にする。もう少し話し合いがあると思ってたのに、展開が速すぎる。
マジで暴走しすぎ、このおじさん。
「事前に知らせてほしかったです……」
私の発言に、優羽はちょっと眉を上げ、次いで演技じみたため息を吐いた。
「気乗りしない?なら……まだ幼いけど、琴乃に頑張ってもらうしかないね」
……琴乃に?
血の気が引く。
優羽は、ちらりと腕時計を確認し、唇の端を持ち上げる。
「今頃、琴乃は使用人に演技のトレーニングをさせられている頃かな」
「……!!」
顔色を失う私を前に、優羽は歌うように続ける。
「なーに、冬優が千歳にやらせてきたようなキツいものじゃない。お遊び程度のものだよ──今はまだ、ね」
お前が断れば、分かっているな。
そんな色を帯びた言葉。
ずるい。
琴乃にだけは、私と同じ目に遭わせたくない。
大人たちの理想のために、芸を仕込まれるだけの『作品』になんてさせない。
優羽は、その気持ちを利用してきた。
「……だったら私がやります」
投げ捨てるように言うと、優羽は満足げに微笑み、私の頭を撫でた。
「いい子」
ゾッとした。
彼にとっての『いい子』は、都合のいいモノだってこと。
「じゃ、行こうか」
くるりと踵を返し、店へ向かう優羽。私は下唇を噛みながら後を追った。
どうして、私の周りの大人はこうもおかしいんだろう。
『いい子』『偉いわ』『それでいいのよ』
母が私を手懐けるために使った言葉たちが、脳裏でリフレインする。
母にとっての「いい子」でなくなった瞬間、降ってくるのは容赦ない痛み。
踊らなければ、歌わなければ、完璧に演じなければ、私には価値がなかった。
嫌な記憶に苛まれながら、私は優羽の背中を追い、店の扉をくぐった。
