……ん?

……なんて?


数秒間、言葉の意味が理解できずに固まる私を前に。

京は、なんでもない話をするみたいにさらりとした様子で肩をすくめた。


「今日打ち合わせに来てるのは、スイモニじゃなくて『NoirEden』。明頼もスイモニ相手じゃなければ変なことしないだろうし、放っておいていいよ」

えー、と。

……びっくりするほどに、話が見えてこないんですけど。

『NoirEden』というのは、エマ所属の女性アイドルグループだ。
可愛い全振りコンセプトの『Sweet×Harmony』とは対照的に、大人びたシックなコンセプトを軸とし、グローバルな舞台でも存在感を放つ実力派ユニット。

SNS情報によると、メジャーデビュー3周年である来月、セカンドフルアルバムを発表するらしい。
そんな彼女たちが事務所本棟に打ち合わせにくるのは、まあ自然なことではある。

……でも、だから何?

一体何が目的でそんなことを調べて、そんな嘘を吐いたの?

考えれば考えるほど不可解さは増していくばかりで、自然と眉根が寄ってしまう。

でも、とりあえず一個確かなのは……明頼の暴走が無いのなら、今私がここにいる必要はないってことだよね。


「え、だったら私、帰っていい……?」


と、盛大に困惑しつつもそう聞いてみる。


すると──京は、ちょっと意味深に微笑んで。

何も言わず、ポケットに手を突っ込んだままゆったりとこちらに歩み寄ってきた。

一歩、二歩、近づいていく距離。


……え、ちょっと待って何?


彼の空気感に押されるようにして、こちらも自然と警戒して後ずさってしまうけれど。


──トンッ。


いつの間にか物陰に追い詰められていて、背中に壁が当たった。

逃げ場が無くなった私を閉じ込めるみたいに、京が壁に肘をつく。

近くなった距離、間近で感じる京の体温と香りに動揺して、心拍数が一気に加速し始めた。