「それでは次に──曲決めに移ります」
静琉がそう言って合図をすると、壇上に見覚えのある四角い箱が運び込まれてきた。
……あれ、これって。
嫌な思い出しかないその四角い物体を、思わずちょっと睨んでしまう。
「今回、曲はくじ引きで決めたいと思います。箱の中には、世界各国から厳選した名曲が入っています。ジャンルもテンポもさまざま、何が出るかは運次第です。では、それぞれのグループの最上位者は、前に出てください」
……あぁ、でも、今回は私が引くわけじゃないから大丈夫そうだ。
翔の運の良さに、私の運の悪さが勝っていないければの話だけど。
漆黒の布で覆われた四角い箱に、まず歩み寄るのは翔。
「どうぞ」
静琉の促しに、翔は躊躇いなく箱の中に手を差し入れた。
そして──引き抜かれたカードに、カメラが寄る。
『桜嵐 - 久遠寺響一』
思わず、息を止めた。
──『桜嵐』。
戦前から戦後にかけて活躍した日本の作曲家、久遠寺響一による映画音楽。
しっとりとした和楽器の旋律と、儚くも凛とした世界観を持つ日本風楽曲だ。
とても素敵な楽曲だけど──当然ながら、歌詞も振り付けもない。
今までの課題曲は、すでに完成されたポップスばかりだったことを思えば、今回で、自由度も難易度も極端に跳ね上がったと言える。
続いて、くじの箱へ手を伸ばすのは京。
その手元にカメラが寄り、映し出されたのは──
『Blazin’ Roulette(ブレイジン・ルーレット)- ハーヴィ・リオン』
これは……また、難しいだろうな。
1950年代のアメリカで活動していたジャズトランペッター、ハーヴィ・リオンが作曲した、エネルギッシュで挑発的な楽曲。
冒頭からブラスが咆哮し、管楽器とリズムセクションが喧嘩するみたいに暴れ回る即興性の高い楽曲だ。
こちらも当然振り付けも歌詞も存在しない、というか人が歌うことを前提にしていないインスト曲。
でも、アレンジ次第では京のチャラい感じに合うか……?
と、そんなことを考えているうちに、最後の陽斗がくじを引いていた。
彼が引いたのは──
『Sword of Glenmoor -カラム・マッケンジー』
……うわ。これは、ある意味いちばん厄介かも。
19世紀後半、スコットランドの作曲家カラム・マッケンジーが残した交響詩。
名高い冒険譚から着想を得たというその曲は、重厚な旋律と雄大なスケールが特徴的。
けれど、本来はオーケストラでこそ映える楽曲。
これをアイドルの舞台パフォーマンスに落とし込むなんて無茶だ。
案の定、カードを引いた三人は全員、『ミスった』とでもいうように眉根を寄せていた。
けど、彼ら三人が引いたカード全てが揃って難しいってことは、きっと他のどの楽曲を引いたとしても、きっとこんな感じなんだろう。
──正真正銘、これまでで最高難度の審査だ。
絶対に脱落できない今回で、こんなハイレベルな題材が来るとは。
私、このチームで、この曲で……果たして、本当に生き残れるんだろうか。
胸の奥がずしりと重くなって、私はそっと、誰にも気づかれないようにため息をひとつ落としたのだった。
