なんだか気恥ずかしくなってしまって、私は目を逸らしてさっさと歩き出す。


「てか、話したいことあったんじゃないの」
「っ、あぁ」


私の言葉に、我に返ったみたいに慌てて着いてくる栄輔。
私の横に追いついて並ぶと、少し目を伏せて、ぽつり、とこぼした。


「千歳くんの力を借りたいんです」
「……何に対して?」


聞き返す私に、栄輔は「あー……」と曖昧に返し、視線を逸らした。

ほんの一瞬の躊躇のあと、ぽつりと名前を落とす。


「……遥風のことです」


──途端、ドクン、と心臓が高鳴った。


遥風。


彼に、何かあったのか。


無表情を保とうとするけど、気づけば唇の端がかすかに引きつって、呼吸は浅くなっていた。
もう彼の問題に直接は関わらないと決めたはずなのに、その先が気になって仕方ない。

栄輔は続ける。


「今のままだと──遥風、本当に番組を降りることになるかもしれなくて」


瞬間、胸の鼓動が一気に加速し始める。


嫌な予感が脈打つように体を駆け上がり、頭がくらりとする。


「……なんで?」


平静を装ったつもりで問いかけた声は、自分でも驚くほどかすれていた。

栄輔は眉を寄せながら、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「父親の判断です。あの人……二次審査での遥風を見て、『もう日本で足踏みさせてる場合じゃない』って思ったらしくて。今すぐにでも世界水準の環境で才能を磨いて、デビューすべきだって──」

「……」


何も、言えなかった。


一見、親から『認めてもらえた』ようにも聞こえるその言葉。
けれど、その裏に隠れた支配の色、子の人生を操って自分の望む方向に導こうとする欲望を感じて、嫌悪感に顔を顰めてしまう。


──『親のこと、頭から消したら、びっくりするくらい歌って踊るのが楽しいんだ』


あのとき、自分の中の『自由』に気づいたみたいに、遥風は笑ってた。
その笑顔が、今また鳥籠の中に閉じ込められようとしているんだ。


「……遥風は、どう思ってるの」


なんとか絞り出した声に、栄輔は静かに答えた。


「あいつにしては珍しく……めちゃくちゃ抵抗してました。本気で親父さんと殴り合いになるくらいには」


息が、止まった。


私が、あの時に見た遥風の痣。
もしかして、その殴り合いが原因だったのかな。

父親にとって、遥風は『作品』。
だから、決して見える部分には絶対に傷をつけない。顔も、手足も、綺麗なまま。

けれど──その分、服の下に隠れる場所には、容赦がないんだろう。

そういう傷のつけ方を、私は知ってる。


だって私自身も、かつて──


『しつけ』という名の暴力で殴られ続けた子どもだったから。