その日の夕方。
待ち合わせに指定された駅構内のオブジェの前に立ち、私はちらりと腕時計を確認する。
既に、指定時刻の16時からは2分ほど過ぎていた。
エマプロの榛名千歳だとバレないようにマスクとキャップと眼鏡で誤魔化しているのに、それでも周囲の人たちがチラチラとこちらを見てきてドキッとする。
やっぱり、もう少し地味な格好で来るべきだったかな。
今日のコーディネートは、昨日涼介さんからもらったラベンダーブルーの軽い生地のシャツに、紺色のオーバーサイズカーディガンを重ねて、シルバーの華奢なネックレスとイヤーカフを合わせている。
いつもはベージュとか白系が多かったけれど、今日はウィッグが黒髪なので、それに合わせて寒色系でまとめたのだ。
でも、やっぱり普段自分が着てる服の色系統から少しでもズレると、なんかソワソワするんだよね……。
なんて、そんなことをひとり考えていた時だった。
「お待たせー」
背後からポンッと軽く肩を叩かれた。
振り向くと、そこに立っていたのは、雪斗と──ガッチガチに変装した明頼。
マスクに帽子、サングラスという純然たる不審者ルックの男を隣に置いて、雪斗はかなり居心地が悪そうな表情をしていた。
うん、分かる。なんか、めちゃくちゃ他人のふりしたいかも。
「どれか取れば?」
「甘いねぇ、千歳くん。俺はこれからデビューして大ブレイクする男だぜ?こういう変装にも今から慣れておかないとさ」
ポージングして盛大にカッコつける明頼に、ジロジロと周囲から注がれる視線。
あぁ、逆に目立ってるって、このバカ。
「どっちから?」
「西口」
「……っておい、置いてくなよ!」
他人のふりをしてさっさと行こうと思ったら秒でバレて、心の中で舌打ちする。だめか……。
私たちはそのまま雪斗のナビに従って、西口から駅を出て、住宅街の方へ入っていった。
外に出ると、思ったより風が冷たくて、私はちょっと首を縮こまらせる。
もう春になりかけとはいえ、やっぱりコートは持ってくるべきだったかも……。
と、ちょっと後悔している私の横で、明頼が何やらゴソゴソと鞄を漁り始めて。
「千歳くん、よかったらこれ」
そう言って手渡されたのは、ホットコーヒーのペットボトル。
カフェインを摂ると頭が冴えるって聞いて、よく私が飲んでいた銘柄のものだ。
見てたんだ……。
彼の気遣いにちょっと心が温かくなったけど──私は、受け取らなかった。
