……え?


今、なんて……?


一瞬、何を言われたのか理解できず、頭が真っ白になる。

てっきり襲われるとばかり思い込んでいたので、その発言の意味を飲み込むのに少々時間がかかった。

戸惑う私の髪をさら、と優しい手つきで撫でながら、耳元で続ける天馬。


「怖がらせてごめんな。けど、監視カメラ誤魔化したいから、俺が口説いてるように見せかけて」


さっきまでの甘い声音とは一転、張り詰めたような緊張感の滲む声音。

彼の言葉に、ちら、と視線を天井に向けると──そこには確かに、監視カメラが設置されていた。


……なるほど、そういうこと。

さっきまでの性急すぎる口説きは全部、私と近い距離で話をする自然な流れを作るための伏線だったってことなんだ。

私と直接話をしたかったけれど、堂々と内緒話をしても怪しまれるし、かといって二人でカメラの無い場所に抜け出すのはもっと怪しい。

だから、口説いてる風を装って私に警告しようっていう彼の策なんだろう。


って、何それ、心臓に悪すぎる……。


ぐちゃぐちゃになった思考を吐き出すように小さくため息を吐く私に、さらに続ける天馬。


「お前がこのままデビューしたいか、デビューしたくないかはともかく、このままあいつのそばにいるのは危険だ」


耳元で落ちる、切羽詰まったような声。

そのままごく自然な仕草で私の手を取り、指を絡めてくる天馬。

恋人繋ぎをするみたいに見せかけて──繋がれた手と手の間に、くしゃ、と紙のような感触。


「俺の連絡先。今すぐに千歳に危険が及ぶってことはないだろうけど──本当にやばそうになったら教えてね」


その言葉に、私は思わずこくりと喉を鳴らした。

やっぱり、榛名優羽はまともじゃないんだ。
初めて会った時から、絶対にこの人の言いなりになっちゃいけないっていう危機感はあった。

琴乃を人質に取られてしまったから、今までは彼に従うしかなかったけれど──


白藤天馬が、ここまでして警告してくれたんだから。

さっさとデビューして琴乃を人質から解放できたら、一刻も早く本気で逃げないと。

そう強く決意して、手のひらのメモ紙をぎゅっと握りしめた──


その時。


「離れなさい、天馬」


冷たく、けれど真っ直ぐに響いた低い声。

見ると、リビングの入り口に榛名優羽が体をもたせかけて立っていた。