私の口からぽつり、とこぼれた名前に、彼はルームミラー越しにこちらを一瞥。

数秒間、沈黙の後──彼は、少し微笑んで。

「よろしく」

さらり、と挨拶してきた。

……いや、よろしくできる心の準備が全くできていないのですが。

あれかな、番組が用意したドッキリとかかな?けど、車内にカメラらしきものは見当たらないし……。

全く状況を飲み込めないまま額を抑え黙り込む私に、ふっと面白そうに口元を緩める天馬。

「疑ってるかもしんないけど、これガチね。本名榛名天馬だから」

言いながら、スッと自分の運転免許証を見せてくる彼。

そこには確かに天馬の顔写真と共に、『榛名天馬』の文字が並んでいた。

ガチだ……。

あの『JACKPOT』絶対エース様が、まさか榛名優羽の実子、私の従兄弟にあたる人だったなんて、一体誰が想像できただろうか。

──いや、でも確かに、初めて会った時から誰かに似てる気がするなとは思ってた。

彫刻のように整った美貌に、色素薄めの髪。甘やかに弧を描く唇。

その特徴、今思えば全部──榛名優羽と同じじゃん。

それに加えて、彼が元から私の正体に気づいていたんだったら、三次審査の最初の方に葵を釣るための策として『女の子』を提示したのにも頷ける。

色々とヒントはあったにも関わらず、全くもって気づけなかった。

悔しい……。

と、思わず撃沈する私の横で。

琴乃は、私と天馬の顔を交互に見比べていたけれど──

突如、何かいいことを思いついたように目を輝かせて。

「おにいちゃんならおねえちゃんとけっこんしてもいいよ!」

なんて、とんでもない爆弾発言を投下してきた。

……何を言ってくれてるんですか?!

私は真っ青になって思わず頭を抱えるけれど、天馬は依然として微笑を崩さないまま。

「許可頂いちゃったけど、どうすればいい?」

「ほんとごめんなさい、聞かなかったことに……」

冷や汗ダラダラ、心臓バクバクで消え入りそうな声で謝罪する。

白藤天馬は、鷹城葵と同じグループに属しているとはいえ、あの生意気な問題児とはわけが違うのだ。

一瞬で空気を支配する圧巻のオーラ、誰もが目を奪われる絶対的なカリスマを持つ、まさに日本芸能界の王子といえる存在。

今、この群雄割拠のアイドル戦国時代で『頂点』と呼べる存在がいるとするなら──間違いなく、彼。

と、そんなとんでもない大先輩を前にして、妹の大失言。

平静を保っていられるはずがない。