今朝は、別に付き合わなくてもいいみたいなスタンスだったくせに、今日一日ずっとグイグイ来るし……一体何考えてるの、この人。
「……京、『無理に惚れろとは言わない』って言ったよね」
完全に気圧されながらも、まずそこから確認しようと問いを投げかけてみると。
京は一瞬眉を上げた後──ふ、と面白そうに口元を緩めた。
「……うん、言ったよ?」
涼しい声音で、あっさりと認める京。
ですよね……?
戸惑う私に、また一歩、京は距離を詰めてくる。
「でも、あれ別に諦め宣言じゃないからね」
一歩後ずさると、また一歩詰められて。
「好きになってくれるまで、ちゃんと待とうかなって意味」
手を振り払おうにも、まあまあ強い力で握られていて逃げ出せない。
「……で」
もう一歩後ずさった途端──
トンッ、と背中に壁が当たって。
息を呑んだ私をやんわりと閉じ込めるみたいに、壁際に繋いだ手を縫い止めた。
「俺が、何もせずに突っ立って待ってるとでも?」
……京の匂いが近くて、反射的に息を止める。
けど、嗅覚を閉じたところで、視界にはその綺麗な顔が映ったまま。
する、と頬を撫でられたりなんかすれば、なんとか平静を装っていたはずの表情が少し崩れてしまう。
「っ……」
だめだ。
顔に微かな熱が集まるのが、自分でも分かる。
京はそんな私を満足そうに見下ろした後、おもむろに私の耳元に唇を寄せて。
「──千歳が俺のこと好きになってくれたら、すぐ彼女にするよ。めちゃくちゃに甘やかして、愛してあげられるのに」
なんて、甘い囁きを落とす。
……この人がこれまで磨いてきた、女の子の心を揺さぶるためのありとあらゆる技術──仕草、声、言葉。
その全部を総動員して容赦無く落としにかかってくるあたり、本当にタチが悪い。
一歩間違えたら流されてしまいそうだけど──
ここはスタジオ棟の廊下、参加者たちやスタッフが普通に出入りする場所。
こんな場面を他の誰かに見られたら、言い訳が効かない。
今すぐに離れてもらわなきゃ、と、京の肩を押しやろうとした──
そのとき。
「……あれ」
まさに危惧していた、最悪の事態が起こってしまった。
廊下の向こう、曲がり角から聞こえた声に、思わず全身が強張る。
恐る恐る視線をそちらに向けると、そこに立っていたのは──
よりによって、一番見つかってほしくない相手。
「……あら、お取り込み中?」
何かと私の裏を取りたがる詮索魔──椎木篤彦だった。
