彼の曲は確か、アメリカの女性ソロシンガー、シエラ・ノヴェルの『Lethal』。

ミディアムテンポで中毒性のあるビート、グルーヴ感のある楽曲で、全米ヒットチャートに何度もランクインしてきた有名曲。

京はステージへ上がると、そのまま最初のポジションへつき、スタンバイ。

大人な表現力が求められるこの楽曲を、無名の彼が一体どこまで消化できたのか。トップバッターのパフォーマンスを前に、緊張感のある静寂が会場を包み込む。

そんな静寂を破り、流れ出すイントロ。

彼が顔を上げる。

その途端──空気が、一変した。

涼やかな、自信と挑発に溢れた瞳が、挑発的に会場を見下ろす。

見なよ。

そう煽るように、魅惑的に。

ベースの印象的なイントロに合わせ、軽くグルービーにリズムを取る。

『Dancin’ in the neon glow, Losing the track of where to go』

吐息混じりの甘い低音ボーカルが、脳髄をグズグズに溶かすように響く。
会場のあちこちから、「うぉお……?!」「やっべぇ……」など驚きと感嘆の入り混じった声が漏れる。

誘うような流し目。
ふ、と目が合ったような、感覚。

くらりと目眩がしてしまいそうな、あてられてしまいそうなほどの、色気。

息が止まって、全身が金縛りにあったかのように動かない。

──どうして、今まで埋もれていた?

甘やかに弧を描く唇、不適な光が瞬く猫のような紫紺の瞳。

そして、音楽の気怠げなテイストに合わせた、余裕の感じられる緩めのダンスも、取るべき音はしっかりと取っている。

『Don’t take it serious, babe, It’s just way I play the game』

挑発的な流し目でこちらを見据え、ハイトーンなボーカルパートもアドリブまで入れて軽々こなす。

その歌唱力へ圧倒される観客へ向け、畳み掛けるように、髪をかき上げてウインク。

自分の魅力を完璧に理解して、観客のツボを完全に押さえにきている。

『It’s a rhythm, it’s a ride. Let’s keep it simple, no need to hide』

ああ、これは、ちょっとヤバい才能だ。

圧倒的なセンスに圧倒的な実力が伴った場合、こうなるのか。
肌が粟立ち、背筋がゾクゾクと甘く痺れる。否応なく観客に大きな快感を覚えさせる、ドラッグのようなパフォーマンス。

華麗で、色気にかき濡れたサビのメロディ。その音楽を纏い、妖艶に、恭しく、女性を見つめる京。

──女性を、見つめる?
ハッとした。女性なんて、どこにもいないのに。

彼によって、世界が創り出されている。私たちは、それを見せられているのだ。

女性の手を取り、その華奢な手の甲に口づけ。その瞳に瞬く光は、純粋な少女を夜の遊びの世界へと導く、危険な色気が滲む。

会場にいるほとんどの人が、息を止めて彼のステージを見つめた。息をすることさえ許されないような、圧倒的なオーラ。
彼は完全にステージの、この世界の支配者だった。

『Leave your mark on me, I’ll be your alibi』

彼が甘い声で最後のフレーズを歌い終わると、会場はしばし静寂に包まれ──そして、ワンテンポ遅れて大きな歓声に包まれた。