張り詰めた静寂。

数秒の間の後──洒落たシンセサイザーに、生楽器の音が絡むイントロが流れ出す。

メンバーたちが後ろ向きでスタンバイする中、センターの葵だけが振り返り──ふ、と余裕の笑みを浮かべた。

グレイッシュなシャツに、肩の落ちたオーバーサイズのジャケット。
上品なスラックスにブーツという、クラシカルなスタイリング。

いつもはシースルーマッシュで下ろしている前髪を、今日は珍しく上げてセットしていた。
無造作風のセットで、少し目にかかる前髪が大人びた色気を生む。

いつもとまったく違う雰囲気──けれど、彼の根底にある驚異的な才能の気配は揺るがない。

余裕たっぷりの微笑みを携えているにも関わらず、どこか退屈そうな、こちらに興味など無さそうな視線。

ゆったりとした足取りでこちらに歩いてくると、くいっと顎を上げて──挑発的に微笑む。

『Remember?(覚えてる?)』

──その言葉は、初めて出会う女性に話しかけるための常套句か。

はたまた──過去の恋人に向けたものか。

そんな想像の余地を残して──華麗なトランペットが弾ける。

同時に、葵はジャケットを軽やかに翻させ、ターンを決めながらスムーズにポジションチェンジ。

葵に視線を奪われている間──いつの間にか前に進み出ていた榛名千歳が、センターに躍り出て。

スッと目を伏せ、ハンドマイクを唇に寄せた。

『ねぇ 偽で塗った夜に浸って ありふれた愛を頂戴』

エッジボイスを取り入れた中性的な歌声が、甘く、溶けるように響き渡る。

その一瞬で、会場の空気は、古びたバーの片隅へと誘われてゆく。

年季の入ったウッド調のカウンター、朧げに琥珀色の照明が灯る薄暗い空間。

榛名千歳は、わずかに口角を上げながら、大人びた歌詞を繊細に歌い上げていく。

彼に合わない曲調なのではないかと心配していたが、何故だか今日の千歳はかなり疲れているようで、その疲労感が逆に物憂げなこの曲のスタイルと合っていた。