なんとか明石の身体を押しのけるようにして這い出すと、私はテーブルの上に置かれたスマホを手に取る。
明石のスマホ。
パスコードは、さっき会話中に開いているのをチラリと盗み見ておいた。
記憶にある数字列を打ち込めば──ロックは、拍子抜けするほど簡単に解除される。
「……っ、よし」
小さく呟きつつ、私は手早くスマホを操作して、まずはメッセージアプリから開く。
少年買春の証拠になりそうなトーク履歴を、片っ端から洗い出して、その画面をこちらのスマホで写真に撮っていく作業。
最初の方は、まだ先ほどの余韻で手が震えていたけれど──作業を進めるうちに、やがてそれも収まって。
ただ流れ作業のように、淡々とこなすようになっていった。
そして、一番の問題である清架とのトークも、そこまで遡らずとも見つかる。
その文面は、お互いの言葉の端々にどこか慣れのようなものが滲み出ていて。
彼女がこの手口の常習犯なのだ、とすぐ分かるようなものだった。
──やっぱり、この人たち、倫理観がぶっ壊れてるな。
予想以上の『そういうやり取り』の多さに、あらためてこの業界の底知れない汚さを思い知らされ、ちょっと顔をしかめてしまう。
そうして、ある程度収集できたら、次に見るのは──『写真』のアプリ。
開くのが怖くて、一瞬、指が止まった。
……でも、見るしかないよね。
数秒後、ようやく覚悟を決めてアイコンをタップすると──
やはり、というべきか。
整然とフォルダ分けされた『記録』たちが、ずらりと並んでいた。
その中には、きちんと『峰間京-若原清架紹介』のアルバムもあって。
思わず、内臓が裏返るみたいな吐き気に襲われる。
……本気で、しんどいかも。
その内容の凄惨さに目を逸らしたくなるけど、そういうわけにもいかない。
えづきそうな衝動を抑えて、私は手早く作業を進める。
ログイン情報が記憶されてる色々なSNSや、口座のアプリ、削除されていないメモなんかから、次々と証拠を洗い出していって。
──数十分後。
既に、明石兼正と若原清架の腐敗の記録は、私の手元にすっかりと移されていた。
「……これだけあれば」
静かにつぶやいてから、小さく息を吐くと、私は明石のスマホを元の場所に戻した。
その持ち主は相変わらず、浅く寝息を立てて寝ている。
やるべきことは全てやった。
あとはこの場を、何事もなかったかのように立ち去るだけ。
そう思って、静かに腰を上げようとした──次の瞬間。
──ぐいっ。
「……っ!!」
背後から、手首を掴まれた。
咄嗟に心臓が跳ね、全身が氷のように冷たくなる。
まさか──起きてた……?
恐る恐る、振り返ると。
「……千歳、くん……会えて……よかった……」
明石は、うわごとのように寝言を呟きながら、穏やかな表情で寝ていた。
……はあ。
私は内心で、額を押さえた。
早鐘を打っていた心臓の鼓動が、拍子抜けしたみたいに落ち着いていく。
びっくりさせないでよ、全く……。
私は小さく息を吐くと、そっと手を振り解いて。
その寝顔を一瞥し、静かに落とす。
「……私も『会えてよかった』ですよ、明石監督」
と、あてつけのようにそんな言葉だけを残して。
私は──静かに、ホテルの一室を後にした。
