さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


「初めまして。……鷹城葵くんの紹介で?」

頭上から、低い声が降ってきた。

その声に導かれて視線を上げると、そこに立っていたのは、スモーキーグレーのスーツに身を包んだ中年の男。

──明石兼正だ。

人当たりの良さそうな笑顔に、上質な香水の匂い。

一見、物腰柔らかな紳士、といった感じだけど──

その眼差しの奥にある、濁ったようなその光を、私は知ってる。

芸能界の汚い大人たちが、みんな共通して持っていたものだ。

「……榛名千歳と申します」

私はゆっくりと立ち上がり、上目遣いでふわりと微笑んだ。

声のトーンには、丁寧さの中にあどけなさを数滴混ぜて。

たったそれだけで──

目の前の男の雰囲気が、音もなく変わる。

カチリ、と見えないスイッチが入ったような気配。

その眼差しが、ぬるく笑ったまま、じわりと細くなった。

「……これは、想像以上に、可愛らしい」

喉奥で、何かを嚥下するような気配。

この男の頭の中には、多分──私をどう崩して、どう味わってやろうかということしかない。

捉えた獲物の調理方法をあれこれと想像するような──そんな気配が、はっきりと肌にまとわりついて。

ゾク、と一瞬にして背筋が冷えた。

異性からの純粋な『好意』の視線は、何度か受けたことがある。

けれど──この人の瞳の奥にあるのは、決してそんな綺麗なものじゃない。

これは、紛れもない『欲』。

『この子を思い通りにしてやりたい』という、歪んだ嗜好に塗れた支配欲。

捕食者の眼差しだ。


怖い──。


全身の神経が警鐘を鳴らして、本能が逃げろと叫ぶ。

けれど。

ここで怯んだら、終わる。

恐怖に思考を蝕まれている暇なんてない。

この役割を果たすと決めた以上──恐怖心なんかには、蓋をする。

そして、演じ切るんだ。

私のためにも──京のためにも。

ここに来てしまった以上、『成功』以外の結果を持ち帰るわけには──絶対にいかないんだから。