「上手くやりますから」

なおも食い下がる私に、ようやく決意の固さを感じ取ったのか。

気怠げに背もたれに身を沈めていた葵の瞳孔が、僅かに揺れる。

数秒間、沈黙の後──

「……ほんっと、やってらんない」

ため息混じりに吐き捨てると、葵はスマホを取り出して、片手で素早く画面を操作し始めた。

「これでもし失敗したら、カンナさんに怒られるのは俺なんだからね」

皮肉っぽく言いながらも、指を止める気配は無い。

それはきっと、彼も心のどこかで分かっていたからだろう。

──これが一番、合理的な方法なのだ、と。

数秒後、控えめに鳴る送信音。

葵はそのスマホの画面はそのままに、私にひょいと投げてきた。

反射的にキャッチして見ると、そこに表示されているのは明石兼正とのトーク画面。

『良い中学生男子アテンドできますけど、興味ありますか?』

目を細めて、送信完了されたそのメッセージをしばらく見つめた。

この一文で釣れるかどうかが、全てを決める。

──お願い、食いついて。

そう祈るような気持ちで、息を殺す。

そんな私の横で、再びハンドルを切った葵が、余裕綽々の声で口を開いた。

「俺の予想だと、あと3秒くらいで返事来るね。3、2──」

そのカウントダウンが、「1」に届く寸前で。

私の手の中のスマホが、ヴーッ、と低く振動した。

「……2秒でしたね」

「きっっっしょ」

舌打ち混じりに吐き捨てる葵の横で、私は彼からの返信を確認する。

そこに表示されていたのは、たった六文字のメッセージ。

『是非会いたい』

それだけ。

なのに、その裏に滲む醜い欲望、まるで『獲物』を前にしたかのような食いつきを感じ取ってしまって。

私は思わず、こくりと喉を鳴らした。

──この反応、絶対にそうだ。

この男もきっと、京の人生をぐちゃぐちゃに壊した大人たちのひとり。

そう確信した途端に──胸の奥が、スッと冷えるような感覚がした。

それは、怒りとも、恐怖とも違う。

ただ、研ぎ澄まされていくような、静かな静かな集中のような。

何か繊細な作業を前にした時の、張り詰めた感覚に似ているものだった。


舞台は、整えてもらった。

あとは、どれだけ私が上手くやれるかに懸かってる。

今回ばかりは、絶対に──しくじれない。


そんな静かな決意と共に、私はふっと顔を上げて。

そのまま、静かに流れていく車窓外の街並みに視線を投げたのだった。