巫静琉が朱那の着席を確認すると、最後の審査員の名を告げた。
「最後は、伝説のアイドルグループ『Schadenfreude』のメインボーカル──式町睦」
その名前が告げられた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
場内の空気が、一瞬にして張り詰める。歓声が上がるが、それは熱狂というよりも、圧倒的な緊張感を孕んだどよめきに近い。
当然だ。『Schadenfreude』は20年前、音楽業界を席巻した伝説的なグループ。そのセンターを務めたのは、“1000年に1人の逸材”とまで称された──黒羽仙李。
そして、彼と共にグループの顔であり続けたのが、式町睦だった。
壇上に現れたのは、スラリとした長身の男だった。歳を重ねた今でもその美貌は健在で、年齢不詳な雰囲気を醸し出す。ダークグレーのシャツに上質そうな黒いジャケットを羽織り、飾り気のないシンプルな装いであるのに、まるでステージ衣装を纏っているかのような圧倒的な存在感。
式町睦。私の父親のグループメンバー。
とはいっても、私と彼は面識が無い。
そもそも、私は隠し子なのだから。
当事者以外にその存在を知る人はいないはず。
睦は、ゆっくりとマイクを持ち上げる。
張り詰めた空気を切り裂くように、落ち着いた声が響いた。
「こんにちは、式町睦です。若い人が果たして私のことを知っているのかと不安でしたが、その反応だと知っていそうですね。良かった」
カメラが捉えた彼の横顔が、モニターに映し出される。
涼やかな表情。その奥に潜む獰猛さを、柔らかなヴェールで巧みに隠している。けれど、その目だけは誤魔化せない。値踏みするような、鋭い眼光。
そして、その視線は、会場のどこか一点に向けられているようで。
なんだろう?
私はその視線の方向を辿ろうと、改めて壇上の睦に視線を移し──
そして、思わず顔を逸らした。
──見られて、いる。
遠くにいるはずなのに、はっきりと感じた、冷たく射抜くような視線。
見られているのは私だった。
背筋にじわりと冷たい汗が滲む。
鼓動がうるさい。落ち着け。関係ない。関係ないんだ。
黒羽仙李のグループメンバーだったからといって、私にとっては赤の他人。その名前からも、顔からも、仙李の子だとはバレていないはず。
だから、きっと気のせい。あるいは、私の容姿が少し目立っていただけ。
そう思いたいのに、胸騒ぎがおさまらない。
私は震える指先を握り締め、荒ぶる鼓動を必死にしずめようとする。
「主にみなさんのボーカルを見ることになります。パフォーマンスを楽しみにしています」
気づけば、睦のコメントは終わっていた。軽く一礼して、審査員席に向かう睦。
はぁ、と胸の中に張り詰めていた空気を吐き出す。
……落ち着こう、感情をコントロールしよう。
芸能界で、自分の本当の感情を見せるのは御法度。
感情を剥き出しにしていたら、周囲に騙され、裏切られ、利用されるうち、やがて精神が壊れてしまう。まるで、私の父親のように。
目を静かに閉じ、お母さんがいつも言っていた言葉を思い出す。
『自分の感情には鈍感になって、相手の感情には敏感になりなさい』
だから、私はそれを遂行する。
このオーディションで、なんとしてでも生き残るために──母親から教わったことは、全部使うんだ。
「最後は、伝説のアイドルグループ『Schadenfreude』のメインボーカル──式町睦」
その名前が告げられた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
場内の空気が、一瞬にして張り詰める。歓声が上がるが、それは熱狂というよりも、圧倒的な緊張感を孕んだどよめきに近い。
当然だ。『Schadenfreude』は20年前、音楽業界を席巻した伝説的なグループ。そのセンターを務めたのは、“1000年に1人の逸材”とまで称された──黒羽仙李。
そして、彼と共にグループの顔であり続けたのが、式町睦だった。
壇上に現れたのは、スラリとした長身の男だった。歳を重ねた今でもその美貌は健在で、年齢不詳な雰囲気を醸し出す。ダークグレーのシャツに上質そうな黒いジャケットを羽織り、飾り気のないシンプルな装いであるのに、まるでステージ衣装を纏っているかのような圧倒的な存在感。
式町睦。私の父親のグループメンバー。
とはいっても、私と彼は面識が無い。
そもそも、私は隠し子なのだから。
当事者以外にその存在を知る人はいないはず。
睦は、ゆっくりとマイクを持ち上げる。
張り詰めた空気を切り裂くように、落ち着いた声が響いた。
「こんにちは、式町睦です。若い人が果たして私のことを知っているのかと不安でしたが、その反応だと知っていそうですね。良かった」
カメラが捉えた彼の横顔が、モニターに映し出される。
涼やかな表情。その奥に潜む獰猛さを、柔らかなヴェールで巧みに隠している。けれど、その目だけは誤魔化せない。値踏みするような、鋭い眼光。
そして、その視線は、会場のどこか一点に向けられているようで。
なんだろう?
私はその視線の方向を辿ろうと、改めて壇上の睦に視線を移し──
そして、思わず顔を逸らした。
──見られて、いる。
遠くにいるはずなのに、はっきりと感じた、冷たく射抜くような視線。
見られているのは私だった。
背筋にじわりと冷たい汗が滲む。
鼓動がうるさい。落ち着け。関係ない。関係ないんだ。
黒羽仙李のグループメンバーだったからといって、私にとっては赤の他人。その名前からも、顔からも、仙李の子だとはバレていないはず。
だから、きっと気のせい。あるいは、私の容姿が少し目立っていただけ。
そう思いたいのに、胸騒ぎがおさまらない。
私は震える指先を握り締め、荒ぶる鼓動を必死にしずめようとする。
「主にみなさんのボーカルを見ることになります。パフォーマンスを楽しみにしています」
気づけば、睦のコメントは終わっていた。軽く一礼して、審査員席に向かう睦。
はぁ、と胸の中に張り詰めていた空気を吐き出す。
……落ち着こう、感情をコントロールしよう。
芸能界で、自分の本当の感情を見せるのは御法度。
感情を剥き出しにしていたら、周囲に騙され、裏切られ、利用されるうち、やがて精神が壊れてしまう。まるで、私の父親のように。
目を静かに閉じ、お母さんがいつも言っていた言葉を思い出す。
『自分の感情には鈍感になって、相手の感情には敏感になりなさい』
だから、私はそれを遂行する。
このオーディションで、なんとしてでも生き残るために──母親から教わったことは、全部使うんだ。
