石鹸みたいな自然な甘い香りと、その温かい体温、乱れた動悸が直接伝わってくる。
ドクン。
強く心臓が跳ね、何か熱いものが迫り上がってくる感覚。
「自分の価値を、他人に決めさせちゃダメだよ」
優しく、諭すような声。
さら、と頭を撫でるその手つきも、まるで壊れ物を扱うみたいに、丁寧で。
「……こんな理不尽な人間に自分の価値判断を委ねたら──おかしくなるに決まってる」
──と、その一言が、引き金になったのだろうか。
しばらく呆然と突っ立っていた清架が、ピクリと肩を揺らして。
次の瞬間、鋭く睨みつけるように千歳へと詰め寄った。
──あ、
「千歳っ……!」
思わず手を伸ばすけれど、遅くて。
──パシィンッ!
清架の平手打ちが、容赦無く千歳の頬に落ちた。
「……あんたに何が分かるってんのよ」
低く言って──次の瞬間、勢いよく千歳の胸ぐらを掴み上げる。
「急に現れて正義ヅラしやがって──あああああッムカつくムカつく……!!被害者はこっちなのよ?!勝手に執着されて誘拐までされて……!」
壊れた弦楽器みたいに、ヒステリックな叫びを上げる清架。
けれど、千歳は抵抗せず──黙って聞いているだけだった。
乱れた長い前髪が落ち、その表情は窺えない。
「こっちは薬飲まされてるし、訴えたら勝てんのよ!峰間京は──もう終わりだっての!!!」
そんな金切り声が、静かな部屋にこだました。
ぜぇ、ぜぇと肩で息をしながら言う清架。
千歳はしばらく黙っていた。
けれど、やがてゆっくりと清架の手を胸元から取り払って。
すっ、と静かに目を細めた。
「終わりなのは──あなたの方です、清架さん」
静けさに落ちる、冷たい宣告。
一瞬、部屋の空気が凍ったようになった──次の刹那。
──バンッ!
勢いよく開く扉。
その向こうに立っていたのは──鷹城葵と、数人の警察官。
「若原清架」
そのうちの一人の警官がこちらに進み出て、まるで処刑宣告のように言い放つ。
「児童売春及び人身売買の容疑で、逮捕する」
