さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


「……俺を連れ戻しにきたんでしょ?」

こちらに視線を向けないままそう言われ、私は俯いた。

……私なんかが何を言っても、意味がないのは分かってる。

うざいって思われるかもしれないし、今更なんだよって思われるかもしれない。

けど、私は京を連れ戻すためにここにきたんだ。

だったら、何もせずに帰るわけにはいかない。

そう決意をした私が、京を説得しようと、再び顔を上げたのと、ほとんど同時に。

「心配しなくても、明日からは行くつもりだったよ」

予想外の言葉が降ってきて、一瞬、固まってしまった。

……え?

拍子抜け、とはまさにこのこと。

呆然とする私を前に、京はなんでもないように軽く肩をすくめる。

「だから、わざわざここまで来る必要なんてなかったのに。まったく無茶するんだから、千歳ちゃんは」

……いや。

いやいやいやいや、おかしいでしょ。

今まで散々サボり散らかしてきたくせに、ここにきて急に何のきっかけもなく復帰って。

元からそのつもりだったって?

だったら、この数日間の沈黙は?

一体、なにをしていたの?

「……あれ」

ふと、私は気づいた。

京の右腕にぶら下げられたビニール袋。

今まで余裕がなくて、その存在を意識すらしていなかったのに。

視界に入れてしまった途端に、ざわり、と胸の内側が騒がしくなった。

なぜかは分からない。

けど──なんだかすごく、嫌な予感がする。

「それ……なに?」

一拍、黙り込む京。

ほんの数秒の間の後。

いつもの、ゆるい笑みを浮かべて。

「小夜からのお土産」

その言葉に、違和感。

けど──それ以上、踏み込んで聞くのを許さないみたいに。

「とりあえず葵呼びつけよーぜ。どうせ近くにいんだろ」

あっさりと話題を切り替えると、私に背を向けて葵に通話をかけ始める京。

……その横顔が、どうしようもなく危なっかしく思えた。

まるで、もう戻ってこられないところに、ひとりで行こうとしてるみたいで。

──話を聞かせて。

言葉にならなかったその想いは、ネオン街の微かな喧騒を遠くに、夜の風に溶けていった。