さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


空気を裂くように、駆け抜ける足音。

アスファルトを蹴るたび、視界がぶれて、街灯の光が滲む。

「やばー、ガチのヤクザ手出しちゃったよ。追われるかなこれ」

私の手を掴んで走る足を緩めないまま、けらけらと呑気に笑う京。

「った、たぶん、ころされるっ……」

息を切らしながら、なんとか答えると。

「やっぱ?指詰められんのかな、痛そー」

「いたそー、で、すまないっ……!!」

叫び返した私の声は、風にかき消されていった。

冷たい夜風が頬に吹きつけ、何がなんだかわからないまま、ただ彼の手を握りしめて走った。

「ここ隠れよ」

そう言って、建物の影に私を引き入れる京。

古びた自販機の奥、ビルとビルの隙間。

私は肩で息をしながら、膝に手をついた。

鼓動がドクドクと痛いほど高鳴って、喉はカラカラ。

京はというと、壁に片手を突いて少しだけ息を乱しながら、ぐしゃっと髪をかき上げてる。

その横顔に、私は途切れ途切れになりながらも感謝の言葉を投げた。

「京、あり、がと……ばかな真似、してごめ、ん」

「うん、なにやってんのって感じ」

「ごめ、なさい……」

惚れ直した?とか、やっぱり付き合う?とか、聞かれるかなって思ったけど、もうそんな軽口を叩く気はないみたいだった。

だって、その声に、その瞳に、いつもみたいに甘ったるい色はなくて。

多分、もう私に恋愛的に迫る気はないんだろう、と直感してしまう。

そのまましばらく、私と京は無言で立っていて。

ようやく呼吸が整ったところで、私は顔を上げ、京に質問を投げた。

「京……なんであんなに喧嘩強いの、」

私の問いに、「あー」とちょっと曖昧に言葉を濁す京。

「……昔ちょっと治安の悪い環境にいたことあってね。鍛えられたかな」

なんでもないように言う京の言葉に、胸がギュッと痛くなった。

治安の悪い環境。

養護施設だろうか。少年院だろうか。

それとも、私の知らない過去で、不良グループとつながっていた時期なんかがあったのだろうか。

いずれにせよ、わざわざ辛い過去を思い出させてしまったのはまずい。

私はなんとか話題を切り替えようと、脳裏に浮かんだ別の質問を口にする。

「……で、あの人たちとは知り合いなの?」

「小夜繋がりでね。前ちょっと女の子アテンドしてあげたら、気に入られちゃって」

「えぇ……」

さらりとそんなことを言う京に、戸惑いの声が漏れる。

「いろいろ便利だから人脈広げてたんだけど、もう必要ないからいいかなって」

スマホに視線を落としながらつまらなそうにそう答える京。

その横顔に、また、いつもの影を感じて、私はちょっと息を呑んだ。

……もう必要ない、って、何?

喉まで出かかったその疑問を、ぐい、と押し込める。

どうせ聞いても答えてくれないのは分かっていた。

京はいつも、肝心なところをはぐらかして笑うから。