風に揺れる前髪の下、目を凝らして、じっ、とこちらを見つめてくる京。

「……やっぱ千歳ちゃんじゃん。ビビった、幻でも見てんのかと思ったわ」

まるっきりいつもの調子で話しかけてくる京に、返事はできなかった。

声が喉に貼り付いて、出てこなかったのだ。

マスクをすっと下ろして、ゆったりとこちらに歩み寄ってくる京。

私を無理やり抱えていた男たちは、京に鋭い視線を向ける。

そして。

「……峰間京じゃねーか」

「何やってんだ?こんな時間に」

──え。

まさか、知り合い?

予想外すぎて理解の追いつかない私をよそに、京はいつも通りちょっと肩をすくめた。

「御坂小夜と会ってて、さっき別れたとこっす。……久しぶりっすね、おにーさん方」

口元に余裕の微笑を携える京。

半ばパニックになってる私とは対照的に、完全に落ち着き払っている。

……当然のように認知されてるけど、一体どういう繋がり?

目の前の不可解な光景を前に私はなんとか頭を働かせて……ひとつの可能性に思い当たった。

……小夜ちゃんの親は、ヤクザだって聞いた。

ってことは、京は小夜ちゃん繋がりで、こういう世界の人と繋がったのだろうか。

……でも、一体何のために?

戸惑う私の頭を、グシャ、と掴んでくるヤクザの男。

「……おい峰間、これってテメエの女か?」

強烈な香水に混じった、焦げた煙草と汗の匂いが鼻をついた。

「ちょっと味見するけど──いいよな?」

その言葉に、京は一瞬、沈黙する。

けれど──すぐに、何事もなかったみたいに軽薄な笑みを携え、軽く首を傾げた。

「全然いいっすよ。好きにしてください」


──あ。


見捨てられた。


心のどこかで、京なら助けてくれるかもしれない、と思っていた自分がいて。

その希望が、平然と踏み潰されたことに、どうしようもなく胸が痛くなった。

──もう京にとって私は、完全に必要のない存在なんだろう。

そのまま、男たちに引きずられながら、京の横を通り過ぎる。

そのとき、ほんの一瞬、京の横顔が目に入った。

無表情。

どこか遠くを見つめて、こちらを一瞥しようともしない。

その目の奥に浮かぶ感情は読み取れない。きっと、こちらには微塵も興味なんてな──



いや。


何か、計算してる──?



その妙な静けさの違和感を察知した、次の瞬間だった。



──バキッ!!



耳元で響いた、低く鈍い衝撃音。

ハッと視線を上げたときには、もう遅くて。

私の腕を掴んでいた男の手が──横からの京の蹴りに弾き飛ばされていた。